「不都合感知機」 (1) | 月下の調べ♪のステージ

「不都合感知機」 (1)

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僕は訪問販売のセールスマン。ついこの間までは健康商品のセールスをやっていたけど、やめた。とても魅力的な商品を見つけたのだ。「不都合感知機」。自分に不都合なことが近づくとアラームで知らせてくれるという優れものだ。効果を目の前で実演して見せて、目を丸くした相手に新聞時代から培ってきた伝家の宝刀「主婦心わしづかみセールストーク」と「おまけつきとお値段据え置きダメ押し攻撃」を畳みかければ、もう落ちたも同然。機械の胡散臭さからか全く世の中に知られていないというのも好材料、訪問販売にぴったりというものだ。実は一回もセールスに失敗したことはない。このまま続けていけば、僕は伝説のセールスマンになるだろう。やがて売り尽くしたら、今度はそれをネタに本を書いての印税生活。バラ色の人生が転がり込んできたんだ。


 セールスの成功の秘密は、実はこの不都合感知器を利用していることにある。訪問する家庭の前で使うと、ところてんのように引っかかり所のない門前払いの家や、散々聞くだけ聞いて結局お断りってところ、さっさと買うと見せて後でクーリングオフしたり、果ては消費者保護団体に訴えてくるヤツなんかの前では、チャイムを押すまでもなくこのマイ不都合感知機のアラームが鳴るんだ。「いやな顔ひとつされない」設定にするとほとんどの客にアラームが鳴ってしまうので、感知器の設定は「とにかく結果が出るならOK」の設定にしてある。どんなにうんざり顔されたって、しつこく値切り返してくる客だって、使い方を丁寧に教えてあげないといけない年寄り連中だって、買ってくれればOKなのさ。これでセールスは百発百中というわけ。なんて僕は天才的なんだ!

 

 

今日もマンションのとある一室にアラームが鳴らないところを見つけた。

ピンポーン

「はーい」ではなく「なあにぃ?」と言いながら出てきたのはネグリジェ姿の、色あせた感じの主婦だった。濁りの混じった声から、年の頃は30過ぎといったところだろうか。こんな真昼間から眠たそうな目をしていて、今はすっぴんだが少し頭の弱そうなところなんか水商売の雰囲気、夜の女であることを直感させた。

「新発売の不都合感知機の実演販売にまいりました。お姉さん、都合の悪いコトって身近にあるでしょう?事前にわかったらどんなに便利だろうって思ったことありませんか?これは事前に不都合なことを検知してアラームで知らせてくれるっていうスグレモノなんです。使って納得、これは便利!試しにデモンストレーションをやらせてもらえませんか」

「あら面白そうねぇ。どうぞ~。」

しめしめ、あっさりとリビングに通してくれた。手間の省ける客のようだ。

新品の商品とは別の、デモ機を鞄から取り出そうとしていると、背後から女が耳元でささやいてきた。

「お兄さん、なかなかイイ男ね。あたしのコ・ノ・ミ」

そして、白い腕が首元にまとわりついてくる。背中には、期待したとおりに、しかし好みよりすこし柔らかすぎる感じの胸がスーツの上着越しにゆっくりと押し付けられてきた。

「お仕事なんかほっといてさあ、あたしとイイことしない?」

おおっ、こんな展開アリかよ!お、美味し過ぎるっ!

「へへ、お姉さん。こういうの嫌いじゃないっス」

女はこの姿勢のまま俺の耳の横にキスをしてくると、そのまま両手で僕のネクタイを解き始めたんだ。