「不都合感知機」 (5) | 月下の調べ♪のステージ

「不都合感知機」 (5)

(5)


「・・・というわけや。先方はおらへん。しっかと脅し、や、言伝てをするようボスから言われとったんやが、それが果たせてへん。」

男は隣のT市にまでわざわざ「先方」を訪ねていったが、事務所から電話で居ることを確認したにもかかわらず、不在だったということだ。電話で確認とは、無言か嘘の電話に先方が出たということなのだろう。余談だが、T市にはこの不都合感知機の製造元があって、開発者が一人で製造しているのだろいう。

「仕事の失敗が防げた、っちゅうだけやない。ボスに何っちゅうて顛末を言うたらええか悩んどったところや」

「上司の方への報告をなさるんですね。」

上司、という言葉使いはとぼけたフリの続きだ。

「これは使い方の応用編になりますが、設定を『怒られない』にして、ご報告の仕方なり、弁解なり、準備なさってから向かわれてはいかがですか。準備不足だったらアラームが知らせてくれるというわけです。」

こういう機転の利いたセールスができるところが僕の自慢だ。流行のネット販売じゃこうはいかないだろう。

「ふん、気難しいボスの御機嫌も事前にうかがえるっちゅうわけかい。」

「もちろんでございます」

細かい設定はパソコンの専用ソフトから転送できますよ、と付属のCD-ROMを取り出して見せながら、説明を続けた。男の脇では、女があたしにも一台買ってえとせがんでいる。


「んなら、早速このデモ機もらうで」

ひととおり説明を聞き終えたときの男の声は「よし買った」だとばかり思っていたら、値段の交渉がが始まる前に男が一方的にデモ機を取り上げた。にやり、とした不気味な笑顔に忘れていた不安感を思い起こさせる。

「あ、あのお客様、それは私の商売道具でして、代金のお振込みの後新品を送付させて・・・」

そう言えば、この力也という男、さっきは血相変えて殴りつけてきたくせに、女と別室で話しこんでからは妙な冷静さを取り戻していた。

「今すぐほしいんや。代金ならさっき、この女が払ったろ?え?」

うわっ、美人局かい。飛び入りの獲物ってひょっとして僕のほうだったわけ?男のほうが彼の立場で、先ほどの僕と女の行為について、押し売りをはじめた。逆切れならぬ逆セールス。いかついセールス顔とドスの利いたセールストークで迫ってくる。視野が近づいてくる男の顔に凝縮され、胸と顔面の前面は緊張で強張ってしまっていた。男の瞬きしない見開いた眼球に覗き込まれると、そこに胸まで吸い込まれそうな錯覚に陥る。

そ、そんな、とたじろいだら負けだ。言葉での交渉なら僕もプロだ。

「あ、あの、『行為』のほうはまだ本番前でして、せめて半額で・・・」

い、いかん弱気になっている。すでに相手のペースだ。男は見切ったように、不気味な余裕のこもった笑顔を交えていった。

「中古品やろ!なら2台やな?」

中古品はあの女もそうだろ、と突っ込み返す余力は、僕にはもう残されていなかった。


開放されたマンションの一室のドアを閉めると、汗がどっと吹き出た。

本格的な脅しを受けるという恐怖よりも、僕はとんでもない男に薦めてしまったという後悔のほうが強かった。この男はあらゆる不都合をかいくぐって悪事を成功させるだろうし、まず警察に捕まることがないだろう。そう考えると、先ほど吹き出た汗が蒸し暑いこの季節であっても妙に冷たいものに感じられた。ともあれ、自前品とは言っても1台の半額で買い叩かれたのでは大赤字だ。気を取り直して、明日からまた頑張ればいいさ。


はたして、次の日から不都合感知機はさっぱり売れなくなった。どこを訪ねていってもピーピーとアラーム音が絶えず鳴り、歩けど歩けど骨折り損の日々ばかりだった。アラームの設定に追加したサブ条件は2つで、「暴力をふるわれないこと」と「悪用されない相手」というもので、あの美人局の件があってこの条件は外すつもりはない。暴力を振るわれるケースなんてまずないだろうから、アラームは後者の条件が利いているからだろう。──ほとんどの人間が悪用してしまう?──これまで売りつけてきた連中がどんな使い方をしているのかと想像しかけて、不都合感知機が悪魔の機械に思えた。


「訪問のセールスマンや勧誘電話を断れなくってねえ」

リフォームの業者がひっきりなしに訪れて、悪質業者を事前に察知して逃げ隠れしたいという一心の老婆に一台売れたのを最後に、僕は不都合感知機のセールスを辞めた。


不都合感知機が販売中止になったというのを知ったのは、その一ヵ月後だった。製造中止になったからとも、システムに致命的な不具合があったからとも言われているようだが、いずれにせよ開発者本人が失踪したことによりもはや製造されることはないようである。


これでよかったのかも知れない。


(「不都合感知機」 セールスマン編 終)