「夏祭り」 (1) | 月下の調べ♪のステージ

「夏祭り」 (1)

今日は夏祭りの日。一日だけの、夕方から夜にかけての数時間のひと時。日頃接することのない地元の方たちとの数少ないふれあいの機会でもある。


出店を出すだけで補助金が出るというので、売り上げを気にする必要はない。僕らは将棋関連のお店を出すことにした。他の飲食店や日用品販売店とは比べ物にならないほどお店の準備は簡単なものではあったが、残暑の厳しい中で運び物や長机と陳列の設定をするのはそれなりにしんどく、それを手伝ってくれた世話好きなケンジさんはありがたい存在だ。


「将棋」とA3の用紙に大きくプリントアウトした即席の看板をテントの両脇にぶら下げると、広場に集まるためやお店の準備のために、すでに多くなり始めていた人通りの何人かが目を留めるようになった。アピールとしては充分のようだ。興味を持った人は覗いてくれることだろう。


名目は将棋の本の販売のお店だったが、仮設テントの中には対局コーナーと詰め将棋コーナーという売り上げには全く貢献しないであろうスペースを設け、ゴムの将棋盤とプラスチックの駒を6セットほど用意している。対局コーナーは文字通り本将棋を無料で楽しめるコーナーで、僕や後からくる応援の有段者がお客の相手をする予定だ。詰め将棋コーナーは5手詰の簡単な詰め将棋を何問か用意している。販売よりもこれらのコーナーのほうがどれだけ盛況するかがお店の成功の成否にかかっているような意気込みを勝手に抱きながら、開始時刻を待った。


僕は初めての経験だったが、ケンジさんは数年前に同じようなお店を出したことがあって、そのお店に遊びに来てくれた人たちとの、ビールと枝豆をかっ喰らいながらの縁台将棋のひと時を語ってくれた。真夏の夜とビールと縁台将棋という似合い過ぎる組み合わせに加えて、酔って真っ赤になったケンジさんの気さくな笑顔が想像されて、アルコールはあまり好まない僕にもその気持ちよさが伝わってくるようだった。生温い夕方の風を、将棋の駒をあしらったとっておきのTシャツ一枚でしのいでいると、早くその楽しいひと時が訪れて欲しいという時間の速い経過を期待する気持ちと、そんなひと時がいつまでも続いて欲しいという時間の遅い経過を期待する気持ちが交錯して、とにかく落ち着かなかった。


「へえ、将棋のお店、ですか?」

そんななか、最初のお客さんが現れる。いや、お客さんではなく、隣の出店で調味料やらお茶漬け・チャーハンの素やらのお店を出しているお店のおじさんだった。ひととおり準備が終わって暇になったのか、ちょっかいを出してきたのである。