「夏祭り」 (2) | 月下の調べ♪のステージ

「夏祭り」 (2)

数日前から買い物やらの下準備に駆け回り、一応当日にピッタリとはいえこの蒸し暑いさなかに運び物をしたり、簡単とはいえ独り身の僕にとっては苦手なお店の内装拵えは、まさにボランティアである。夏の終りのこのお祭りに、わざわざ売り上げも見込めない将棋の出店を決めたのは、将棋をとおしての出会いが楽しみだったからに他ならない。できれば、有段者の僕とも互角に指せるような相手が現れれば、実に楽しいひとときが過ごせるような気がしていて、実際期待もしていた。


その、ちょっかいを出してきた隣のお店のおじさんは、声の張りはしっかりしていたものの白髪交じりの頭で、少なくとも40代の後半はいっていそうな年頃だ。この年代の男性で、将棋を全く知らないということは、まずない。

「将棋、お好きですか。どのくらい指されます?」

笑顔と言葉の衝突実験。相手の反応を目で見て、熟練度を下心で測る。

「ヘボ将棋ですわ。独身の頃は同僚とやってましてなあ。」

本格的に将棋をやっていた形跡は、残念ながら返ってきた言葉の破片から発見されない。将棋好き仲間の匂いをかぎつけてきたわけではなく、なるほど、昔が懐かしいというわけなんだろう。念のため、力試しの詰め将棋問題を2つ並べてみる。どちらも古典で有名なものだ。






「左の問題は五手詰め、右の問題は手数は長いですけど簡単ですよ」

それを後ろで見ていたケンジさんは左の問題を知っていて、初めて見る右の問題を取り組んでみる。駒を動かしながらで、右の問題の解答はバレてしまったが、白髪交じりのおじさんは左の問題でうんうん悩み始めた。少しトリッキーなこの問題、おじさんの実力の程も知れてしまったが、詰将棋のパズルのような楽しさを味わってもらっているようで、本当に詰むんですかこれ?なんて聞かれると嬉しくなってしまって、うふふとわざといたずらっぽく笑い声だけを返した。


通りの人の往来の流量が増していく中で、出店のそれぞれがもう開始を待ちきれないといった感じで、「いらっしゃいませーぇ」と声の掛け合い合戦をはじめる。隣のお店のおじさんも白髪頭の後ろのほうを掻きながら、問題を解けないまま持ち場のほうに戻っていった。まもなく、店先からは直接見ることのできないメイン会場広場のほうから、司会者のアナウンス聞こえてくる。続いてのステージショウのプログラムが始まったようだった。


「いらっしゃいませーぇ、将棋無料ですよ~ぉ」

僕も負けずに通りに向かって、視線を配りながら声を張り上げた。棋書の販売はそっちのけで、「将棋を気軽に指してみませんか」が真意の叫びかけである。通りの人の何割かが視線を分けてくれることに手ごたえを感じるなか、最初のお客さんが早速お店の正面にやってきてくれた。渋色の帽子をかぶった、初老の御仁である。