「ステイゴールド女」 第三話 | 月下の調べ♪のステージ

「ステイゴールド女」 第三話

第三話「いつか」

‘99年になり、長期放牧もなく2月の京都記念からステイゴールドは始動。この年は実に11戦をこなすハードスケジュール振りであった。間隔がちょうど月一回程度ということもあり、二人のデートもぴったりこれに合わせて重ねられた。いつしかステイのレースに照準を合わせるようになっていたのは暗黙の了解である。

この年前半のステイのレースは、その出走振りでタフさをアピールする一方で、荒れた内容であった。京都記念(GⅡ)で出負け、他馬との接触もあり7着。日経賞(GⅡ)も出遅れがたたり3着。春の天皇賞(GⅠ)でまたも接触があり5着。その後宝塚記念の前までになんと中二戦もして連続3着であった。頻繁に見せる出遅れ、必死の追い出しに対する反応の鈍さ、そして直線コースでたびたび見せる斜行。主戦の熊沢騎手はこの馬を手に負えないでいるようにファンの目には映ったが、不思議と誰も彼を責めようとするものはいなかった。

マチコは複勝を毎回のように購入してはたびたび的中させるのだが、なぜかこの時期は機嫌がよくなかった。

「ちょっともう、休ませてあげようよ~。」

ショータが勇気を出したタイミングは絶妙かに見えた。そんなマチコをなだめるべく、

「大丈夫ですよ、ステイあんなに元気だし。」

そう言いながら、右腕をマチコの背後から奥の肩のほうへと伸ばす。

「またやってくれますって・・・」

その手が目的地点へ到達しそうなまさにその時、彼女はバン!と立ち上がり、知ってか知らずか、ちょうどその腕を跳ね飛ばす形になった。

「もう帰るよっ!」

きっ、と睨んだその視線に、下心の後ろめたさもあって、けして太くはないショータの勇気は力もなく萎縮してしまった。彼は当分手を出せそうにない・・・。

マチコの機嫌が晴れたのは、宝塚記念(GⅠ)のとき。レースは直線でまぶしいばかりの豪脚を披露したグラスワンダー、敗れたとはいえ他馬とは圧倒的な差を見せつけたスペシャルウィーク、この両スターホースに次いで、7馬身離されながらもステイゴールドは3着にすべりこんだ。

「やっと休めるね~」

この日は二人とも馬券が当たり、帰り路は途中の焼肉店へ。相変わらずの彼女の食べっぷりには舌を巻いたが、ショータにとっては彼女の笑顔を正面から満喫できたひとときだった。この状況に満足しそうになっている自分に気付き、ショータはつい、いましめの言葉を発してしまう。

「ステイ、このままじゃいけませんよね、勝たないと。」

「ウフフ、そう思う?勝てるかな・・・?あっさり勝っちゃうと面白くなくない?」

「いつかきますよ。きっと。いつかね。」

言葉では「いつか」と言ったが、こんなに使い込まれて、もう5歳のステイは結果を出せないまま今年中に引退してしまうのではないか。そんな不安が自分の胸の中で大きくなっていたことに、ショータははじめて気がついた。

GⅠでこんなに好走する馬なのに、重賞のひとつも勝てずにいる。しかしそんな「イマイチ君」のまま終わってもらっては困る理由が2つ、ショータの胸の中にあった。ステイの引退は、今はまだ見えない、しかし遠くない将来にやって来るであろう彼女との楽しいステイ観戦の日々の終わりでもある。それはそのまま、観戦デートの終焉ではないかという気がしているのがひとつの理由、はっきりした根拠はない。そしてまた、ステイゴールドが勝つとき、「その時」こそが彼女に想いを打ち明けて、願いを果たす絶好のチャンスだと、ショータは男の本能でそう感じているのがもうひとつの理由だった。

ともあれ、「その時」は、少なくとも秋以降におあずけである。