「ステイゴールド女」 第九話 | 月下の調べ♪のステージ

「ステイゴールド女」 第九話

第九話「決戦前夜」

 ジャパンカップの着順だけで判断したショータは早計だった。日経新春杯以降、海外やトラブルのレースばかりでステイのデータ分析ができなかったのだが、このジャパンカップは久々のまともなデータを残してくれたレース。これを振り返って分析しておけば、非常にレベルの高いレースであり、ステイは衰えてなどいないことがわかったはずだ。メイショウドトウに先着していることだけからも、うかがえたはずだ。

 ステイが勝ってしまうなんて!最後の最後に香港のGⅠで勝ってしまうなんて!日曜日の夜に速報を知らされ、ショータはガク然とした。当日は現地に数百人からの日本人ファンが詰め掛けていたというではないか。それに、観ようと思えば、例え現地でなくても、ケーブルテレビを放映する飲食店なんかでできたはずだ。ステイへの思い入れは人一倍だと思っていたショータは、諦めてしまっていた自分が恥ずかしくなった。

香港国際レース。毎年12月に香港の沙田(シャティン)競馬場の芝コースを舞台に繰り広げられるシーズン最後の競馬の祭典。「香港スプリント」「香港マイル」「香港カップ」「香港ヴァーズ」という4つの国際GⅠレースが同日開催され、世界のトップホースが集まることで有名である。ステイゴールドが出走したのは、一番距離の長い「香港ヴァーズ(芝2400m))」。当日のレースの詳細はまだわからない。

しかし、ショータの立ち直りは、意外なくらい早かった。いい作戦を思いついたからだ。

彼女を部屋に呼ぼう。好きだったステイゴールドの最後のレースを一緒に観て、共に感動しよう。そうしておいてから、彼女に自分の想いを打ち明けよう。そうだ、ついにその時、まさに「その時」がきたのだ。

ワタナベに頼んで、ビデオを取り寄せることにする。

月曜日になると、彼が勤務している名古屋支店に電話。出張中だという。

「どうしても連絡取りたいんですけど」「携帯持っていっていませんか?」「えっ、忘れていってる?」

電話先の反応の鈍い庶務のおばさんを急かして、なんとか出張先の電話番号を聞き出した。客先の工場に納品に行っているのだという。切るが早いか続けてその工場に電話、「急用なんです!大至急!」と身内の不幸かと思わせる勢いをわざとみせつけて、工場の中にアナウンスをしてもらってまで呼び出しをした。

「なんや、お前か。えっ、ビデオ?」

タイミングが悪かったようで、次の言葉で機嫌を損ねたのがわかった。

「今、立て混んでんねん。こんなとこまで電話してこんでくれるか。」

弁護の余地もなく、一方的に電話が切れた。まずかった。夜にでも謝っておこうと思い、あらためて彼の自宅の電話番号を調べたが、帰宅していてもよさそうな時間になっても繋がらない。どうも「ハシゴ」の出張で不在のようだ。けして深くはない付き合い。絆がこわれてしまったかも知れない。

しかし深夜になって、ショータの電話番号を知らないはずのワタナベのほうから電話がきた。実は昼間のこと気になって、電話番号を彼のほうが調べてかけてきてくれたのだという。

「今日はどうしたん。あんなゴリ押し、お前らしくないで。何かあったんやろ。」

彼は見抜いてる。そして、わかってくれるはずだ。

「実はな・・・」

正直に、下心に満ちた計画も、偽らざる心の中までも全て白状したことで、奇跡が成った。よっしゃ、と言いながら、ワタナベはショータへの労力を買って出る返答をしてくれたのだ。

「持つべきものは友だな、あはは。」

こう表面はおちゃらけながら、しかし心底そう思いながら、頼んだぞと念押しして電話を切った。翌日、まだ出先を渡り歩く彼からメールが届き、香港のレースを収録したビデオを金曜日に到着できるよう、宅配便で発送してくれるという。

肝心のところへの根回しがまだだ。次のステップが本番、マチコ本人に来てもらわなくては。

「ショータです。金曜日なんですけど、会えませんか。」

「夜よね。時間作るけど、どこにする?」

相変わらず、察しがいい。そして一番話したいところをダイレクトに聞いてくる。

「オレの部屋・・・ステイのビデオ、一緒に観ましょう。」

「うん。場所教えて。」

あっさり承諾された。渋られたら、こう言って押そう、と思って準備していた言葉を、マンションの場所の説明のあとに続けた。

「その日は、お話したいこともあるんです。」

「あたしもなんだ。」

マチコも、有馬記念観戦のあとで話そうと思っていたことなので、ステイのいない競馬観戦はキャンセルしてそのときに話したいという。

「願いは通じる」「信じ続ければ成功する」のだと、何かの本に書いてあったことを思い出した。さらなる奇跡の予感は高まる一方だった。何も疑うものはない。初めてのことに際して、ショータは「その時」のイメージトレーニングを開始して、テープと彼女がやってくる金曜日までの残り少ない日々を、ずっと緊張感を消せないまま過ごした。