第十九期 竜王決定七番勝負 | 月下の調べ♪のステージ

第十九期 竜王決定七番勝負


第十九期竜王戦七番勝負

将棋界は羽生七冠達成以降、羽生、佐藤康、森内の3強と言われて久しい。

後続のニュースターは出てきたものの、タイトル奪取にいたるのは同世代の棋士ばかりで、「羽生世代」と言われる壁を作った。


いわゆる「10年に一人の天才」が中原誠以降、谷川、羽生と続いたとするなら、その次の10年の世代に一人の天才棋士が渡辺明だという意見には多くの人に同意していただけると思う。渡辺はプロデビューが中学生と早すぎて、羽生と比較されてかえって活躍が目立たない時期が続いたが、二十歳を過ぎてそれまでの取り組みが目立った成果を上げ、その勢いは彼を棋界最高位の竜王に一気に到達させた。


竜王は1988年に制定された比較的新しいタイトルで、名人のタイトルに代わって将棋界最高のものに位置づけられた。この竜王戦の挑戦者には、なぜかその年で最も勢いのある棋士がなることが多いと言われる。これまで連続3期しか防衛記録がないのも事実である。渡辺は当時の名人でもあった森内竜王を破ることで単に勢いのある棋士ではないことを証明し、さらにその後の好成績とタイトルを維持することで棋界の新しい第一人者としての評価を徐々に獲得しつつある。公平に見て、棋界は現在3強+1の時代だというのが実情ではないだろうか。


さてその渡辺竜王に昨年挑戦したのは、やはりその年で最も勢いのある棋士、3強の一人の佐藤康光棋聖だった。


将棋自体が日々進化するなか、3強はそれぞれ独自の取り組みで自己を進化させ、その地位を確保し続けているように見受けられる。NHKの人気番組「プロフェッショナル・仕事の流儀」で紹介された「将棋の勉強をしなくなった」最近の羽生の生活は別次元のものとして、森内と佐藤は独自の将棋研究をさらに深めるところに進化の境地を見出してきたようだ。特に佐藤は、以前は絶対指さなかった戦法(例えば振り飛車、右玉等)を最近は多用するようになり、昇華した独自の最先端研究や棋理が抜群だったためか圧倒的な強さを見せ付け、彼のこれまでの棋士人生でピークとも言える時期を迎えていた。


「彼(渡辺竜王)とは読みが合わない」としきりに唱える佐藤棋聖、佐藤乗りの声が多い風潮に「私は下馬評を裏切るだろう」といつもの大胆発言をする渡辺竜王。この2人の七番勝負は、「勝負の流れ」の存在を大きく意識させるものとなった。この本の序文で渡辺竜王自身も、この七番勝負の流れを大きく意識していたことを告白している。これは2人がお互いの人物をイメージしあった結果発生した現象であり、当初はすれ違っていた2人の想いが、直接対決を通して強くコミュニケーションしたのが今期竜王戦だったと言えると私は思う。


全局を通して、稀に見る「精力戦」だったことがあらためて深く伝わってくるのが本書である。第三局の124手目△7九角、第七局の2手目△3二金、この2つの手が我々観戦者にとっても特に印象的だが、指された側に与えた印象が勝負に大きく作用しているのが解り興味深い。


本書と関係はないが、6/15の名人戦第6局での大逆転劇を読み解くのに大いに参考にはなるようにも思う。