月下の調べ♪のステージ -6ページ目

「天童旅行記」 第九話

第九話「アフターイベント」


人間将棋対局直後はお二人のインタビュー。「特に打合せをしたわけではありませんが、全ての駒を動かせてよかったと思います」をを、なおさら凄いな。「勝たせてくれるということで、次の公式戦を楽しみにしています」と山崎六段、会場はどっと盛り上がって大きな拍手を贈った。


 勝った側の赤の渡辺軍が、えい、えい、おー、と勝鬨をあげる。2二角役の府中さんも一緒だ。続いて渡辺竜王が矢倉に登って、餅をバラ撒く、文字通り「餅撒き」が行われることに。それまで行儀よく観ていた観客席の皆さんがどっと矢倉の周りへと押し寄せた。このときばかりは皆さん「旅の恥はかき捨て」状態か。結婚式のブーケじゃないんだから。


餅撒きが終わると、観客、武将入り乱れた状態のまま、お疲れ様の挨拶が交わされる。そうこうしているうちに、「記念撮影しまーす」。ミス天童のお二人とプロ棋士四人、駒人間の皆さんら関係者があっという間に一同に整列する。観客の皆さんは一時脇に退避。しかしカメラマンと一緒に、ここぞとばかりパシャリパシャリ。マナーと楽しみ方を心得ていらっしゃる。ここ、普段は静かな天童の地元の方々、そして年に一度しかないこのイベントを一目見ようと集まった観光客。それはきっと将棋ファンだけじゃないだろう。人間将棋を盛り上げたい、みんなのその想いが一体となり、まさに大成功となって結実したことの象徴的な光景だったように感じた。


時刻は15:00頃。これから一連のイベントのグランドフィナーレを飾る「百面指し」に移ることとなった。百面指しとは、文字通り百面の盤で将棋を同時に進行させるイベント。百人のアマチュアを相手に、4人のプロ棋士と奨励会の竹林初段の計5人が分担して指導将棋の多面指しを行う。百面の将棋盤が一列の長机上に並べられていて、端から見渡すと壮観だ。棋士一人当たり20人前後を受け持つことになるわけで、巷で行われる指導将棋と比べても相当大変な作業であることが想像がつく。我々一行からは、駒ABCさん、パブルさん、風来坊さんの3人が前もって応募していた。「よろしくお願いします」百人が、思い思いの手合いでプロ棋士に挑戦し、一手一手噛みしめるように駒が前に進んでいく。


 ハイライトの局面になるまで進行するには時間がかかるだろう。終局まで1時間半から2時間と読んだをいらは、最初の1時間ほどを絶好の空き時間とばかりに、手持ち無沙汰にしていた正宗さんに一局申し入れた。イベント会場には自由対局室のテントがあり、すでに満員近くになっていたが、運良く空いている盤にありつくことができた。ここで携帯が少し鳴るが、対局が始まった後だったので、をいらはごめんなさいと電源を切る。


戦形は正宗さんのゴキゲン中飛車に、をいらが研究中の居飛車対抗形となった。途中から力戦形になるが、読みを入れた順が実現して優位を掴んだ。これは金星が入るぞ!もぎ取った飛車を打ち込んで王手銀取りをかけた手が、しかし桂馬でぴったり一手で受け止められる。しまったぁ!打ち込んだ飛車が王手飛車をかけられる位置だ。折角作った拠点を整理して、王手飛車は免れるも、流れが変わる。をいらの受け手のミスもあっただろうか、その後正宗さんの反撃に勢いがついて、一気に寄せきられてしまった。さすがに強いところを見せつけられる。残念、参りました~。携帯を確認すると、先ほどの電話はノリさんからだった。なんだったのだろう。とにかく対局に要した時間は40分くらい、ささ、指導対局を見に戻りましょう。


 百面指しの会場へ戻ってみると、予想したとおりどこもまだ仕掛けの局面あたりだった。これからが見所だな。駒ABCさんが対森下九段、パブルさんが対山崎六段で共に飛車落ちの手合いだ。風来坊さんが2枚落ちで竹林初段に挑んでいて、石田流の定跡形から工夫を見せ初めている。ほほう?興味を持ったので、風来坊さんを中心に眺めることにした。


 風来坊さんが守りの銀も攻めに繰り出して、2枚の銀で上手(うわて:ハンディを背負っている側。この場合は竹林初段側。)陣に襲い掛かる。なるほど、こうやれば変化の余地がなく、ごまかされる心配がない。駒落ち研究に熱心な風来坊さんらしい構想だ。竹林初段のしかたない応手に風来坊さんの銀が進出して、相手の守りの主役である金と交換になる。そのあとが絶妙で、歩の突き出しから、5筋のタタキを利かして上手の銀を殺す順が実現した。「これは負けましたね」竹林初段あっさりと投了。どこよりも早い終局となった。これは綺麗な手順ですね~お見事!感想戦も二枚落ち卒業とのお墨付きコメントだった。


 ニュースが飛び込んできた。前もって応募していなかったノリさんが渡辺竜王相手に二枚落ちですでに圧倒しているという。ああ、さっきの電話は百面指しの補欠応募のお誘いだったんですかあ。後で聞いたら7名ほどキャンセルによる空きが出たらしい。とにかく終局を待とう。


 駒ABCさんやパブルさんのところへ戻ると闘いが随分進行している。駒ABCさんのところは自陣に傷が残ったままになっていて、そこに森下九段から桂馬が打ち込まれた。王手金取り、アイタタタ。駒ABCさんしばし長考するが、結局その後指さずに投了。「あららまだ(投げるには)全然早いですよ」と森下九段。感想戦に移るが、傷を消してから仕掛けるほうがよかったですねと例を示し、解説がいつもテレビで拝見している口調どおりで丁寧だ。


 パブルさんは一手一手に時間をかけていて慎重だ。局面が激しくなっていて、ミスが許されない。山崎六段の他の対局が次々と終局し始めたところで、予定時間がきたとの運営側からのコールがかかった。しかし、感想戦をはしょらないで時間をかけてくれる山崎六段。記念の対局証を渡すときも一礼するし、握手にも応じてくれる。残りが飛び飛びになった盤の間の移動だけが駆け足になる。


隣の森下九段のほうは全て対局が終わったみたいで、ファンからのサインや握手、記念撮影の要望にひとつひとつ応じてくれている。おっ、そう言えば丁度いいのがあったなと、をいらは午前中に購入した「奥の細道」の絵本を取り出すが、肝心の余白が見つからず、サインを諦める。しかたない、この情景をしっかり焼き付けておこう。俳句、東京に戻ってからトライしてみるか。


ノリさん勝利の報が入る。少ししわがれた関西弁で「一生の思い出になりましたわぁ」心底嬉しがっているのが、満面の笑みからもわかる。手合いは2枚落ちとのことだが、定跡に頼らないノリさんが自己流で勝つことは実は大変なことで、快挙だと言っていいくらい。しかし、そんな評価はどうでもいいな。竜王とのかけがえのないひととき、本当によかったですね。


 最後まで粘っていたパブルさん、狙っていた手が炸裂して、控えていた桂馬がここぞとばかりに跳ね上がって大活躍。上手玉を追い詰めたところで、山崎六段投了となった。感想戦も難しい変化に突っ込んで、しばし行われる。百面のほぼ最後の対局だったようだ。


 森下九段に続いて、山崎六段、岩根女流、渡辺竜王も関係者の皆さんと何度もおじぎを交わされていた。イベントの裏方の方々であろう。時間にしてみればほんの短いイベント、この準備のために随分苦労なさったのが表れているようだ。「戻られてからのご活躍を期待しております」なんて声も聞こえる。そんな光景を傍らに眺めながら、我々はけして急がず、シャトルバスが待つ方向へと歩いていった。


 魅力溢れる若きプロ棋士の先生方と、地元の方々、そして我々観光客。貴重な出会い、素晴らしいひととき、あっという間に迎えたフィナーレ。本当は、もっともっと多く触れ合い、長い時間を過ごしていたかった。でもそんな全員の思い想いが、この人間将棋というイベントをこんなにも美しく見せてくれているのかも知れない。



百面の 手々名残惜し 春祭り (月下の調べ♪)

「天童旅行記」 第八話

第八話「人間将棋(後編)」


(引き続き、こちらの棋譜を見ながらお楽しみください)



人間将棋の駒人間は以前にもお話したとおり、一般公募によっている。両軍40名、毎年2局だから80名が駒人間を体験できるわけだ。これは府中さんのお話だが、全国的に見てもこの「人間将棋」イベントは本格的に鎧姿になれる稀な機会であり、一部鎧ファンには憧れなのだという。そういう背景があって、駒人間には全国から応募がある。そうなると、折角駒人間になったからにはひと仕事、つまり少なくとも一回は動いてもらうのがいい思い出になる。「できるだけ全ての駒を動かすように」実際、毎回出演のプロ棋士にはそういう配慮をするよう伝えられているのだという。


「私も昨日対局者の二人に話をしましてね」

森下九段がお二人をゆうべ諭したのだと、裏話を明かした。渡辺竜王が居飛車穴熊という持久戦の作戦をとったのも、そういう意図からきているようだ。昨日一局目の対局者だった岩根女流の失敗談も暴露される。

「歩の前に銀が出たら、歩が動けなくなっちゃったんですよ~。えへへ。」

関西弁のイントネーションで、岩根女流が明るく「ごめんなさい」。結局3つほど動かせない駒があったのだという。


42手目の局面。双方とも端歩を突き合って、駒組みがピークに向かう。しかしこれでもまだ10個の駒、いや10人の駒人間さんが動いていないのだ。いかに全ての駒を動かすのが難しいかわかる。あとは駒組みではなく、闘いの中で動かしていくしかない。


46手目、渡辺竜王が3三桂馬と、穴熊側の桂馬を活用するという異例の攻めを見せた。穴熊の桂馬は最も動く可能性が低い駒のひとつで、渡辺竜王も少し気を使っているのがわかる。55手目、6四歩から山崎六段が猛攻開始!56手目に渡辺竜王が5六歩とカウンターを狙ってきた。「プロっぽい手ですね~」と解説のお二人が絶賛。「そんなことを言われるとプロの手を出さなくてはいけないではないか!」と山崎六段、会場爆笑。それでも負けじと5五銀、お互い一歩も譲らない激戦になってきた。


73手目5一歩成、「府中さん取られちゃったよ~」持ち駒の置き台(?)へ府中さん走る。実は間違って反対側に行っちゃったらしいが、我々観戦メンバーは気付かず。75手目、77手目79手目と府中さんの動きで山崎六段側の馬へと出世して大活躍。「え~っ、逆立ちしないの~?(笑)」存分に動き回る府中さんに皆さんニコニコご満悦。(馬になったあたりでは、府中さんが盤面を見渡せなくて、局面が分からずもどかしかったそうです)。


95手目、将棋はもう終盤。2七玉とプロっぽくかわす山崎六段の玉に渡辺竜王が5四馬と切り返し。渡辺竜王のほうが優勢のようだ。ここで、動いていない駒がまだ二枚、いや駒人間さんが二人いる。1九の香車と2三の歩だ。取られただけの駒もあるが、最初に居た位置から駒の置き台へ移動することになるので、動いたと言える。103手目に山崎六段が3四銀と詰めろ(敵玉を次に詰ましてしまう手)をかける。むむ?これはもしや・・・。


107手目2三金となって、2三の歩が取られて動く!あと一枚だ!将棋ファンはこういうとき「あと一枚コール」なんてもちろんしない(笑)。114手目1九竜となって、ついに最後の一枚が動いた。全部の駒を動かすことに成功したのだ。拍手~♪パラパラパラ。実に自然な進行の中なので気付いていない人が多く、拍手も少なかったが、こんなに無理のない指し手で全ての駒を動かすことに成功するなんて、人間将棋としては名局といっていいと思う。いや、よく見てみると残された駒を取るように促す指し手をその直前に相手が指しているではないか。マイクパフォーマンス上では「おぬしにそんな手が指せるのか?」「まだまだ弱い証拠じゃ」なんて舌戦を繰り広げているが、絶妙のコンビネーションを見せて難しい目標を美しくクリアして見せたのだ。


 120手目1六竜以下は見事な詰み。「最後の一手を指そう」と126手目4四桂馬に山崎六段が意地悪して「最後の一手と言ったな?同歩!」ちょっと悔しそう。「次は勝たせてやるからな」最終手4五金が指されて渡辺竜王の勝利となった。


「ステイゴールド女」 第三話

「ステイゴールド女」は「たまのお部屋」「もうひとつのストーリー」 で今年3月から連載しておりました競馬小説です。既に完結(全11話)しており、エピローグ、プロローグもあります。LOVELOG「Trot~こにたんの競馬予想と馬の写真とベイスターズ」記事 へトラックバックさせていただくこともあり、紹介のため一部を掲載します。

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第三話「いつか」


‘99年になり、長期放牧もなく2月の京都記念からステイゴールドは始動。この年は実に11戦をこなすハードスケジュール振りであった。間隔がちょうど月一回程度ということもあり、二人のデートもぴったりこれに合わせて重ねられた。いつしかステイのレースに照準を合わせるようになっていたのは暗黙の了解である。


この年前半のステイのレースは、その出走振りでタフさをアピールする一方で、荒れた内容であった。京都記念で出負け、他馬との接触もあり7着。日経賞も出遅れがたたり3着。春の天皇賞でまたも接触があり5着。宝塚記念までなんと中二戦もして連続3着であった。主戦の熊沢騎手はこの馬を手に負えないでいるようにファンの目には映ったが、不思議と誰も彼を責めようとするものはいなかった。


マチコは複勝を毎回のように購入し、たびたび的中させるのだが、なぜかこの時期は機嫌がよくなかった。

「ちょっともう、休ませてあげようよ~。」

ショータが勇気を出したタイミングは絶妙かに見えた。そんなマチコをなだめるべく、

「大丈夫ですよ、ステイあんなに元気だし。」

そう言いながら、右腕をマチコの背後から奥の肩のほうへと伸ばす。

「またやってくれますって・・・」

その手が目的地点へ到達しそうなまさにその時、彼女はバン!と立ち上がり、知ってか知らずか、ちょうどその腕を跳ね飛ばす形になった。

「もう帰るよっ!」

きっ、と睨んだその視線に、下心の後ろめたさもあって、けして太くはないショータの勇気は力もなく萎縮してしまった。彼は当分「手」を出せそうにない・・・。


マチコの機嫌が晴れたのは、宝塚記念のとき。レースは直線でまぶしいばかりの豪脚を披露したグラスワンダー、敗れたとはいえ他馬とは圧倒的な差を見せつけたスペシャルウィーク、この両スターホースに次いで、7馬身離されながらもステイゴールドは3着にすべりこんだ。

「やっと休めるね~」

この日は二人とも馬券が当たり、帰り路は途中の焼肉店へ。相変わらずの彼女の食べっぷりには舌を巻いたが、ショータにとっては彼女の笑顔を正面から満喫できたひとときだった。この状況に満足しそうになっている自分に気付き、ショータはつい、いましめの言葉を発してしまう。

「ステイ、このままじゃいけませんよね、勝たないと。」

「ウフフ、そう思う?勝てるかな・・・?あっさり勝っちゃうと面白くなくない?」

「いつかきますよ。きっと。いつかね。」

言葉では「いつか」と言ったが、こんなに使い込まれて、もう5歳のステイは結果を出せないまま今年中に引退してしまうのではないか。そんな不安が自分の胸の中で大きくなっていたことに、ショータははじめて気がついた。


GⅠでこんなに好走する馬なのに、重賞のひとつも勝てずにいる。しかしそんな「イマイチ君」のまま終わってもらっては困る理由が2つ、ショータの胸の中にあった。ステイの引退は、今はまだ見えない、しかし遠くない将来にやって来るであろう彼女との楽しいステイ観戦の日々の終わりでもある。それはそのまま、観戦デートの終焉ではないかという気がしているのがひとつの理由、はっきりした根拠はない。そしてまた、ステイゴールドが勝つとき、「その時」こそが彼女に想いを打ち明けて、願いを果たす絶好のチャンスだと、ショータは男の本能でそう感じているのがもうひとつの理由だった。


ともあれ、「その時」は、少なくとも秋以降におあずけである。



「天童旅行記」 第七話

第七話 「人間将棋(前編)」


 最初に本日来場のプロ棋士4人の挨拶がある。昨年お子さんが生まれ、ビッグタイトルを手にしてすっかり時の人となった渡辺竜王(21) と、3月末のNHK杯で羽生四冠を破り優勝、朝日オープンにも挑戦中とこちらも絶好調の新鋭、山崎六段(24) 、対局者のお二人はそれぞれ赤と青の鎧姿だ。解説者の森下九段 と聞き手の岩根女流 がそれぞれスーツ姿に身を包んでいる。

渡辺竜王「今日は人間将棋やりますんで、最後までゆっくりお楽しみいただければと思います。」

山崎六段「今日はこんな鎧姿をさせていただき、気分も高揚してまいりました。」

気が利いたコメントとしては、山崎六段が一歩リードか。

森下九段「気持ち的には、(対局者と)同じような若さでやって参りたいと思っています。」

岩根女流「うふふ、今日も一日、皆さんと楽しみたいと思います。」

解説コンビはほんわかムード、岩根女流の関西弁が妙にマッチしている。


 プロ棋士と入れ替わって、登場したのは織田信長役の方。舞台の雰囲気が一変して険しくなる。東軍と西軍の地上の合戦の様子を天国から見守りつつ誘導するという形で、大将棋盤のステージ上の前座の物語の始まりだ。かがり火が四隅で焚かれ、戦国時代の合戦のほら貝の音や軍勢の声がバックグラウンドで流れる中、信長のマイクパフォーマンスに導かれて、袴姿の東西女性軍団18人が入場。なぎなたを手に左右に対峙したかと思うと、「かかれ~」一斉に切りかかっては駆け抜ける。数度矛を交えて、「引け、引け~」盤の両端に控える。次に入場したのは、鎧姿の東西男性軍団22人。こちらは槍を手に、「かかれ、かかるのじゃ~」こちらも数度切りかかっては駆け抜ける。「見事な闘いであった」と信長も激しい合戦に満足そう。


 軍団戦が互角の戦いに終わると、東西の腕自慢の武者が1人ずつ、刀を手にしてひとしきり、将棋盤上いっぱいに殺陣のパフォーマンスを繰り広げる。途中からバック転が出たり、煙を焚いた棒の演舞をしたり、本格的なアクションが見せ場を作る。ほんの間近で我々観客が、固唾を飲んでそれを見守る。「双方ともに、互角の闘いであった」合戦では決着がつかないようだ。


「かくなる上は、人間将棋で決着をつけん」大将の渡辺竜王、山崎六段が入場し、東西に分かれた矢倉の上に登る。ここからマイクを通して自軍に指揮を出すらしい。女性陣が「歩」の駒に、男性陣がそれ以外の駒に扮して将棋盤の、いわゆる初期局面の位置に整列した。


(以後、こちらの棋譜を見ながらお楽しみください)


 「出陣!7六歩!」東軍の、先手山崎六段の声がかかり、対局開始となった。同時に解説のお二人が、ほんわか実況を開始する。「気合良すぎて参りました。じゃあ8四歩」と渡辺竜王、マイクパフォーマンスは押され気味か。戦形が進み、先手四間飛車vs後手居飛車の闘いになった。動かす駒の種類に応じた調子の違うそれぞれの太鼓が打ち鳴らされ、闘いの進行を勇ましく彩る。

「先手の囲いは美濃囲いといいまして、戦国時代に斉藤道三が・・・」

「突き捨てといいましても、この場合は駒ではなく人間ですからね・・・」

イベントに即して話をつなげる解説の森下九段、うまいですね~。


「やる以上は負けたくないですからね。」

「負けたくないのはこちらも同じ、2八玉」

お二人の仲がいい様子が伺える。おしゃべり将棋の様相を呈してきたが、闘志はいささかも緩まない。羽生世代の次期を担うと目されているニューエイジの旗頭、同胞でもあり、ライバルでもあるのだ。

 22手目、渡辺竜王「3三角!」急戦ではなく、居飛車穴熊模様を明らかにした手。「あっ、府中さん動いた、動いた」2二の位置にいた府中さんが初仕事、我々も一安心。局面はまだまだ駒組みが続く。

(先日、NHKの「トップランナー」でも紹介されました「渡辺明ブログ」 トラックバックさせていただきましたので、紹介いたします。)


 

「天童旅行記」 第六話

第六話「プレイベント」


シャトルバスが到着した場所は舞鶴山の頂上に近いと思われ、平らになったエリアが学校の運動場の数倍程度に広がっている。人通りがもう既に多く、出店が賑やかになっていた。人の動きに導かれていくと間もなく、両側の白い仮設テントの出店に挟まれるアスファルトの通路に、2列に並んで伸びた人間の長蛇の陣が、渋滞しながらもゆっくりと歩を進めていた。これか、無料そばの列は、とその長さが100mくらいありそうかと見計らって早々に諦める。


配布されているパンフレット(当ブログプロフィール欄参照)に「天童桜祭り」と銘打ってある。桜の時期にタイミングを合わせたイベント、やはりそうだったか。しかしこの山上に植えられた桜たちは、まだ満開に至っていないようで、少し申し訳なさそうにしかし綺麗なピンク色を彩ってみせてくれていた。さらに視線を上げると、城の門を模したらしい矢倉と、その奥に既に人で埋まっている芝生の斜面。イベント会場と観客席らしい。そちらへ向かう途中で列の中ほどにいた江戸川さんとおさむさんがニコニコ。先に行ってますよと観客席を指差しつつ、をいらは内心を隠さず苦笑いで返す。


芝生の中腹にまだ残されている空きスペースを人数分確保に成功。ここなら将棋の大盤解説も見やすい。11:00になって、桜色、空色、若葉色、つまりは日本的な春色の、明るい着物に身を包んだ女性が100人以上いるだろうか、人間将棋のマスが線引いてある黄色いステージと観客席の階段とに整列したかと思うと、一斉に「天童花駒おどり」を披露してプレイベントが幕を明けた。無料そばにありつけなかったメンバーは、めいめい出店のやきそばやら、ジャンクフードやら、お団子を買い込んでおき、13:00までのプレイベントの行方を楽にして見守ることにした。


~以降、印象に残ったプレイベントを紹介します。~


女性陣の次は男性陣による御輿パフォーマンス。2体の御輿を、それぞれ30人ほどのハンテン姿の男性が「そいや!そいや!」と威勢よく掛け声を上げながら、担ぎ上げる。マイクパフォーマンスのお兄さんも、そいや!会場からは度々拍手が贈られ、男性陣を勇気付ける。外国人の観光客も来ているが、この勇壮さは彼らにも伝わっただろうか。


昨日のイベントでは、今年の「ミス将棋(こま)の女王」 が決定したという。お二人いるらしい、それぞれの挨拶があった。「天童の魅力を伝えたい」「将棋の魅力をもっと若い人たちに知って欲しい」をを、いいことをおっしゃいますね。その美貌を近くで確認できなかったのは残念だけれど、惜しみない拍手を贈ります。


東北芸工大(山形市にキャンパスがある)の民族舞踊団による「中野七頭舞(なかのななずまい)」これは素晴らしかった。神楽のような衣装で6~7人が入れ替わりながら笛の音に合わせて踊る。高く跳ね上げるステップが印象的で、その軌跡と揃った踊りが美しい。棒や刀のようなものを手に、時には並んで、時には輪になって、振り下ろしたりもする。最後にササの葉でできた軍配のようなものを持った人物が、すこしおどけた調子でまず一人踊り、3人、5人、7人とそれに合わせて踊る人が徐々に増えていき、一連の舞が終わった。どうもなにか昔のイベントを模しているらしく、舞自体もストーリーを持っているようだ。キラーン、をいらの目が光る。


地元高校生による「リズム薙刀(なぎなた)」が披露される。袴姿の6人の薙刀部員が、YMOのヒット曲「ライディーン」にのせて、薙刀の様々な基本動作を少しずつタイミングをずらしたウェーブで披露する、というもの。薙刀の動作の鋭さと軌跡の美しさ、優雅さがよく伝わってくる趣向だ。


「なかなか面白いじゃないですか」「飽きさせませんね~」いずれも特に、将棋にも天童地元にも、直接関連するパフォーマンスではないようだが、観客を愉しませるという意味でとても成功している。それにイベントの進行がとてもスムーズで気持ちいい。裏方の皆さんが相当力を入れているのだろうな。そんなことを思いながら、イベントの合間にメンバーが昼食にちらほら出かけるのに紛れて、先ほど決意したことを実行に移す。


突撃インタビュー!

先ほどの「なかのななずまい」の皆さんはどちらですか?ああ、芸工大の学生さんね、と本部テントの係の方に案内されて、控え室へ通される。あのう、踊りについていろいろお聞きしたいんですけど~。

女の子が応対してくれた。もぐもぐ。あっ、お食事チウでしたか~失礼。食べ終わると可愛いコであることが判明、ラッキー♪

短い時間だったが、謎がいろいろ解明した。岩手県「中野」という地域の民族舞踊で、七人で踊るから、というのが名前の由来であること。最初は測量、そして開拓といった作業を表していること。刀での踊りは獣や悪人を追い払う様子であること。豊作を祝う踊りが続いて、最後のおどけて踊るのは道化なのだそうだ。疲れた人々を癒し、勇気付けてまたみんなで仕事に取り組む。そんなストーリーなのだそうだ。

素晴らしい!これはいいお話が聞けた。ありがとうございました~。応援してますので頑張ってくださいね~♪


地元グループによる和太鼓演奏も見事だった。いくつかのグループが自慢の演奏を次々に披露する。風牙さんが熱心に聴き入っている様子。「和太鼓好きなんですよ~」セルシオだけじゃない。Gパンも犬のアプリケが縫い付けてあるもので、イギリスで購入したものだという。すごいコダワリのある方なんだな。


ひとつだけ、府中さんが少し気の毒に思えてくる。着付けと練習のため、こういったプレイベントは愉しむ事ができないし、これから始まる人間将棋のプロの対局ライブだって、きっと将棋そのものはわからないはずだ、と気付く。実は一役買って出たのか、府中さんらしいや。でも、裏方ならではのエピソードを胸に刻んでおいてくださいね。


いよいよ、と司会の女性アナウンサーが伝える。次はメインイベント。「人間将棋」の開幕だ。



「焼かれたCD」 第六話

第六話「春の期待感」


 両耳にかけたヘッドホンから、前触れもなく、「春」の第一楽章が鳴り出す。


春が来た。

 

誰もが知っている、あまりにも有名な出だしのテーマ。春の季節はこのテーマが彩る感覚に集約される。何か新しいことがはじまる。そんな楽しく、じっとしていられない感覚を、クラヴィコードの和音に合わせて、3つのヴァイオリンとヴィオラ、チェロ、コントラバスが合奏で表現する。

 

小鳥たちが嬉しそうに歌い、春に挨拶する。

 

小鳥たちの鳴き声が、歌にすら聞こえる。春という、これから楽しいことが起こる季節の到来を知り、それを謳歌するように。そう、いかにも嬉しそうに「聞こえる」のだと3つのヴァイオリンが歌う。


優しい西風のそよぎ、優しく流れ出す泉

 

ようやく訪れた、温かい風、湧き出す泉。始まったばかりの春の楽しさを彩る水と空気の流れは、優しく感じられる。そう、人間にとって「優しく」感じられるのだ。それが春という季節の風景をやわらかく包み込んでいくかように、擦弦の調べが支配する。

 

突然訪れる春雷

 

しかし季節を支配しているのは、空だった。急に雲行きを変えた空は稲妻と雷鳴を交互に奏でて、まるで掛け合っているかのように辺りに響き渡る。季節の支配者である空もまた、眠りから覚めたかのようにもとれる。

そして、春雷が収束すると、また春のテーマが訪れる。


 第二楽章、楽しく動き出した春の、しかし休息のひと時。

 

牧場、木々の葉のささやき、忠実な犬の傍らで、眠りこける山羊飼い。

 

一貫して穏やかさが支配するこの楽章、2つのヴァイオリンが揺らぐ葉を表し、ヴィオラが奏でる犬が吼えても、コンサートマスターの歌う羊飼いのうたた寝はただただ続く。何に疲れてしまったのか、何を夢見ているのか。それが次の楽章に繋がる。


 第三楽章、田園での踊りの曲。

 

ニンフたちと羊飼いたちは、輝くばかりの春の装いのなか、陽気な牧笛に合わせて、楽しく踊る。

 

チェロとコントラバスが奏でるバグパイプの低音で支えられる雰囲気のなか、きっと取り合った手を上下させながら、楽しく回り踊るニンフと羊飼いの組々。ニンフとは、妖精や精霊ではなく、おそらく少女。若い男女がその春を、ほら、時には跳ね上げるかのように、今度はどこか物悲しく、そして最後はやさしく謳歌する。


 豊かに動き出した自然と動物たち、それに心躍らせ、恋を謳歌する。そこに人間の感情が開放感とともに視界いっぱいに表現されている。つまり、ヴィヴァルディが「春」という風景画で描いたものは、優しく包み込むような雰囲気のなかで、こらから起こる楽しいことにうきうきしてしまう、そんな人間の期待感なんだ。

  


僕は昭和46年10月に、九州のS市で生まれた。父、立花康志は当時33歳、公立の盲学校で鍼灸マッサージの技術を教える教員だった。職種としては、地方公務員ということになる。先天性の悪性緑内障(※1)を患っていた父は、幼少の頃からもともと弱かった視力をさらに少しずつ衰えさせ、ついにこの頃全盲となっていた。母、立花桂子(旧姓吉井)は当時28歳で、彼女もまた弱視の視力障害者だった。かつての父の教え子でもあり、婚前にはマッサージ師として数年勤めていたが、既に辞めて専業主婦となっていた。


両親が結婚して僕が4歳になるまでの6年間は、立花一家はずっと木造の古いアパート暮らしだった。そこは2DKの2階建であって、自室のない僕が走り回ることもありもうそこは少し手狭になり始めていた。父は一戸建ての新築を決意し土地を購入、併せて発注した4DKの住宅が昭和51年の春に竣工した。それと同時に僕達一家はその庭付きの新居に引越しし、新しい生活を始めた。


 一家の不幸は、両親が遺伝のことを懸念して第二子を作らなかったこと以外、何も無かったんだ。父はステレオセットを購入してクラシック音楽をよく鑑賞していたな。しかしむしろ飽きっぽいほうだった父は、様々な趣味に手を出し、軒下に設けたろくろ台で陶芸を楽しむときもあれば、そうそう、母と一緒に園芸作業を楽しむときさえもあったりした。自転車が運転できないくらいで、他には何も苦にすることなく日々を過ごす母は、持ち前の明るさから健常な友人を増やしていき、とうとう自宅に講師と友人を呼んで華道教室を開催したりするまでになった。不自由のない家計から捻出して、母は一頭のまだ幼い柴犬を購入し、その成長を見つめながらの日々も始まった。タロ、と名づけられたその犬は、最初は奪い合うかのように、僕と母が代わるがわる散歩につれて行ったものさ。


 僕はその当時、まだ明るい性格だったように、たしかそう記憶している。友達も多いほうで、外でよく走り回って遊んだし、音楽と父のステレオセットに興味を持って、すぐ一人でLPレコードを再生できるようにもなった。父が中村紘子のファンだったこともあって比較的多かったピアノ曲の他に、四季のレコードは「春」の曲の部分が好きでよく聴いて、きっとそれでイメージが焼きついたんだ。小学校に入ると、仲良くなった女の子への憧れもあって、ふっと一言、「ピアノを弾けるようになりたいな」と両親に話したら、よくステレオで遊んでいることを知っていた父は、なんと中古のスタンドピアノを購入してくれた。僕にとって、これからなにか新しく大きな世界が目の前に開けるんだという、そういう特に大きな期待感を抱くことができた体験だったんだ。


 そして僕のピアノ教室通いが始まった。あれは、そんなときだったんだ。


※1:緑内障とは、進行性の視神経萎縮(視神経が徐々に崩壊する)を伴う、いくつかの眼疾患の総称である。眼内の圧力が高まることがこの視神経乳頭部分の損傷をおこすことがわかっており、悪性の緑内障はこれに該当する場合が多い。この眼球内の圧力を眼圧といい、現在では機械で測定することができる。

「天童旅行記」 第五話

第五話「わくわくランド周辺」 


4月24日(日) 天童 晴れ


 朝食を済ませて、8:40にロビーに集合。ウエシンさんとアキラズさんは鶴岡のほうで将棋の公式戦の準備があるということで、ここでお別れとなる。外に出てみんなで記念撮影、パシャリ。天気の心配は、まぶしいほどの朝の光線で払拭された。府中さんは本日のメインイベントPM1:00からの「人間将棋」に出演することになっている。実はこの人間将棋の駒役の方々は、一般公募なのだ。しかも運よく「角行」という一番動き回りそうな駒の役ということで、メンバーからは活躍を期待するメッセージが贈られた。

「武将姿ですって?しっかり写真に撮らせてもらいますよ」「府中さんが走る!気をつけてくださいね」「敵陣に成ったら、逆立ちするんですか?」

少しからかわれ気味の府中さん、本番前の着付けと練習があるため、市役所のほうへと一足先に「出陣」していく。いってらっしゃーい。


 頂付近に人間将棋のイベント会場がある舞鶴山(標高241.8m)。残った11名は、そのふもとにある「わくわくランド」 周辺を見て10:00くらいまで過ごすことにした。


簡単な朝風呂や準備を済ませ、9:00に再度集合してまず向かったのは「将棋の館」 というお店、ここも大型店舗だ。国道13号線から近いということもあって、大きな「王将」の将棋駒の形をした看板が出ていて目印になる。


売ってあるのは将棋の盤駒や民芸品など、昨日のお店とはまた一味違うラインナップだった。将棋の歴史に関するミニ展示コーナーがあったり、あらためて、欲しくなったものをめいめい購入する。をいらは、昨日買った昔話と同じ系統のミニ絵本で、奥の細道の本を発見。俳句にはこれまで縁のないをいらだが、そう言えば、友遊クラブの旅行案内に芭蕉の句が出ていたな、と感化されてこれも追加購入した。


しばらくして、将棋駒の職人さんによる実演コーナーが稼動しはじめた!実演されていたのは、既に五角形に切り出された駒に書体を書いた薄い紙を貼り付けて、それに沿って手彫りしていく作業。彫刻刀のようなもので1~2mm彫っては、木片をピッと飛ばす。少し回転させて、また彫る。そんな作業がちょんちょんと手早く繰り返されて、木片が下に少しずつ積もっていく。しかし彫り進むスピードはゆっくりで、みるみる彫りあがっていくのだろうという先入観が裏切られる。失敗が許されないが故だろうか、細かくて、膨大な作業。しばし見入る。


 9:40頃になる。わくわくランドのほうへも行ってみましょうよ。「天童オルゴール博物館」のホワイトキャッスルの脇を抜けていくと、イベント会場のステージと多目的広場が見える。今日は誰もいなくてガランとしているが、昨日は夕方に踊りを中心にしたイベントがあったようで、ここが会場だったのだろうか。我々はその横の噴水広場、通称「詰将棋広場」へと向かう。


初級、中級、上級と5題ずつ、羽生氏、谷川氏といったいずれも著名なプロ棋士が創作した計15題の詰め将棋問題 (取材、HP掲載:駒ABCさん)が、銀色の碑のパネルに展示してある。初級からチャレンジしよう!初級といっても結構難しい問題が多い。将棋倶楽部24で有段者のをいらでも1題5分くらい要して解けないものがあったりする。皆さん4~5題ほど解き進めたところで、切り上げ時と目論んでいたAM10:00はもう過ぎつつあった。


それではみなさん、時間ですのでそろそろ会場へ行きましょう。


9名は、セルシオ風牙号、パブル号、正宗号と3台のクルマに分乗して、会場へピストン輸送しているシャトルバスの乗り場がある市役所方面へ逆戻りすることにした。おさむさんと江戸川さんは、徒歩の山登りで会場へ直行するという。心若きチャレンジャー、また会おう!


 市役所に着くとすでに20人ほどの列ができている。1台待って、シャトルバスに乗ることができた。イベントの格好なのか、出店の臨時アルバイトなのか、着物姿のおばさんたちも一緒に乗り込んでくる。10分ほどの山登りの道中では、隣の傭兵さんと話をして過ごした。釜石で少年たちの将棋指導をなさっている様子をインタビュー。最近は人数も少ないとおっしゃっていたが、子供たちの活躍の程は遠く東京にも東北各県の将棋界HP等を通じて伝わってきている。やはり子供たちの興味を惹いて、なおかつその興味を持続させることに工夫されているとのことだった(この度ブログを開設されたので紹介します。 )。


 そろそろ到着するのかな、というところで携帯が鳴る。江戸川さんからだった。

「まだ着かないの?えへへ。『無料そば』なくなっちゃうよ~。」

やられた~。所要時間という意味では徒歩組に軍配が上がる。振舞われている無料のそばには長蛇の列ができているとのこと。既に大勢の見物客が押し寄せてきているようである。会話を終えた携帯で確認すると、プレイベント開始時刻のAM11:00があと15分ほどに迫ってきていた。


「天童旅行記」 第四話

 第四話「1日目の夜」


「二見 に戻ると、夕食までの思い思いの時間を過ごすことになった。以前大会で優勝した賞品の駒を早速披露する府中さん。ネットへの通信テストをしてみるパブルさん。そして、をいらと数人は長旅の疲れもあって「温泉に入ろう」。大浴場、というほど広いものでもないのだが、5人ほどで入ってもなおのんびりできる。夜に備えてまったりタイム。


ここで残りの3人の方が合流した。将棋連盟鶴岡支部のウエシンさん(鶴岡 40代?)とアキラズさん(鶴岡 30代?)。お二人とも山形県大会で上位を争う強豪と伺っている。今日は人間将棋の土曜日のイベントを観ていらしたようだ。それから、ネット将棋でも交流のある正宗さん(仙台 20代?)。見た感じは今回のメンバーの中で一番若い、この方も強豪。どなたかとは一局指してみたいものだ。これで総勢14名、全員集合。


そうこうしているうちに、19:00、夕食の時間となった。皆さん宴会場に集まってくださーい。


宴会場の広間には夕食の膳が2列に向かい合って並べてある。ビール瓶が届いて、乾杯の前にまずはひとりずつ自己紹介。「風来坊さんと素浪人さんて同一人物だったんですね」「ウエシンさんって山形県代表経験者なんだ、すごい!」。傭兵さんの番がまわると、「地元のお酒を持って来ました」と「浜千鳥」の大吟醸 の一升瓶を両手に持つ。皆さん拍手~♪仲居さんグラス追加ね~♪府中さん持参のワインやらも加わって、乾杯のあとはもう皆さん世話なしOK。お酒の瓶と、ささどうぞ、という挨拶が会場内をぐるぐるまわって、ごはんを溜め込んだでっかい保温器だけが一人寂しそうにしていた。あっ、そんなに薦めないで、をいらはお酒弱いんです・・・やばい。

宴会が終わると、さっそく二次会場、416号室へ集合!7vs7のリレー将棋をしよう、3手ずつ指して交代ね。大将の「ウエシン組」と「アキラズ組」に分けよう。レーティングの順番に並んで~、では、よろしくお願いしまーす。「おお、いきなり変な作戦になったぞ」「これでどうだ」居飛車vs中飛車穴熊の闘い になった。


アキラズ組の中飛車チームの不用意な一手に、ピシッ!ウエシン組が機敏に仕掛ける。あちゃー、これはまずーい!ウエシン組が畳み掛けるように攻めてくる。困ったな~、お酒も入っていたアキラズ組のをいらは目が回る。そのうちリレーの順番もめちゃめちゃ、まあいっかあ。ややダウン気味のをいらを横目に、盤面を取り囲む皆さんは熱気を失わない。終盤になって、アキラズ組の王様に手がつき始める。ウエシン組の大将登場!どひゃー、必至がかかった。ウエシンさん強え~。こうなったら相手玉を詰ましちゃえー。・・・長手数の王手も空しく、アキラズ組投了。お疲れ様でした~。


次に活躍したのはパブルさんが用意した麻雀セット。持ち運びできる専用卓まで持ってきている熱の入れよう。麻雀好きな人集まって~。点数数えられないんだけど?いいのいいの、もちろんノーレート。将棋も麻雀も健全だと、勝っても負けても温かいものが残ります。


をいらは麻雀を一回だけやって抜け、ここぞとばかりにおさむさんを捕まえる。将棋、一局教えてください。ええいいですよ~♪。この方、すごく温かい人柄だ。戦形はをいらの得意なものになった。青森に旅行したときの大会で出てきたもので、以来勉強しておいた成果が出て中盤までは互角以上に進んだのだけれど、終盤になると力の差を見せ付けられた。参りました~。勝ってご機嫌のおさむさんから学生将棋時代に使ったという「ヘンタイ戦法」を伝授してもらう。聞けばおさむさん大学時代は青森県で過ごされてて、をいらが旅行に行ったときの話、大会やイベントで出あった温かい人々の話やらで盛り上がった。脇で観戦してくれた風来坊さんは青森へ一緒に旅行した仲、共に懐かしい気持ちになる。


山形県。ここの将棋を愛する人々は、どんな姿を見せてくれるのだろうか。明日はメインイベント「人間将棋」。朝からのスケジュールに遅れないよう、1日目はほどほどにしてAM1:00頃には全員が就寝した。またあした、おやすみなさい。


「天童旅行記」 第三話

第三話「民芸品」

 

天童の空は、東京からの道中と違って、見渡す限り曇っていた。少し肌寒くて、脱がずにいたセーターが役に立つ。「ううっ、寒いっ」あはは、はぶはぶさん、をいらの勝ちだね。でも明日は晴れて欲しいな。

 

我々が泊まるホテルは二見 というところ。天童駅からクルマで5分くらいの、少し通りから入ったところにある。一人当たり三千円台と格安で5人部屋素泊まりというので、しかし寝るとき以外は将棋などして遊ぶのだからと施設の充実度は全く期待していなかったのだが、古い、ということ以外はさほど気にならないし、眺めもよくて開放感たっぷりで、他の宿泊客もごみごみしていない。これは気持ちよく過ごせそうだ。

 

とりあえず荷物を置いて、皆さん早速行きましょうよとモチベーションがかっている。えっ、どこへ行くんですか?決まってまんがな、駒を売っているお店に行くんですよ。駒作りの実演もやってるらしいって。をを!皆さん早速資料館で感化されてしまったわけね。

 

 向かったのは、二見館から歩いて3分ほどの、武内王将堂」 という民芸品店だ。中に入ると若いご主人が出てきた。がらんとしていて、実演コーナーは職人さん不在、そこそこの将棋グッズとお土産が売ってある。ああ、東京からいらしたんですか。今日は実演やっていませんが、ささ、どうぞどうぞ。えっ、どこへ?

 

 2階にだだっ広い商品展示スペースがあった。これはすごい、駒にしろ、盤にしろ、民芸品にしろ、よりどりみどり、とにかく品揃え豊富だ。いつの間にか女性が二人、おそらくはご主人の奥様とお母様、早速カウンターに入って商品の説明役を買って出る。

 

 駒は数千円から数十万円のものまで。手ごろなのは楷書の彫り駒で1~2万円くらいのものだろうか。彫り埋め駒になると十万円以上、盛り揚げ駒になると数十万円のものばかりである。盤も卓上から脚付きのものまで様々。

 

 置き駒が多数陳列してある。置き駒とは立てて飾るための置物としての大きな駒で、「王将」や「左馬」がほとんど。高さ10cmくらいの小さなものから、30cmくらいありそうな巨大なものまで。小さなものにはペン立てなどに利用できるよう加工してあるものもある。

 

 将棋関連以外で印象的なものは、こけし。これも天童の伝統工芸品のようだ。女性をモチーフにしたものがほとんどで、黒いおかっぱ頭にキレイな柄の和服がお似合いだ。よく見てみるとひとつひとつにそれぞれの女性の味が出ていたり、和服の柄で季節感をかもし出していたり。想い出の女性に似ているとつい買っちゃうんだろうな、な~んて。

 

 吟味決断して将棋駒や置き駒を買うメンバーもちらほら。ノリさんも数万円で盤と駒を両方とも購入したようだ。お気に入りのが見つかったのか、笑顔がこぼれっぱなし。よかったですね~。をいらは地元出版の昔話の本を購入した。こういうのもこちらでしか買えないシロモノ。

 

お菓子等のお土産も含めて、思い思いの品を手にした我々は、二見館に戻ることにした。夕食までには、まだ1時間ちょっとほどの猶予がある。

「天童旅行記」 第二話

第二話「現地集合」


高速を降りると、現地集合場所の天童駅は間もなくだった。1年前に泊まったビジネスホテルが見える。当時は平日に出張の合間に訪れたわけだが、この街の魅力をほとんど見出せないまま離れることとなった。印象に残っていることと言えば、3週間後に開催される「人間将棋」の案内ポスター、街のあちこちにある詰め将棋と、今日最初の訪問先である「将棋資料館」の展示くらいのものだった。「将棋の里」天童は、実は将棋の「駒」の里なのであって、観光客相手の施設は多くても、一人で指し将棋を楽しめる環境はほとんどないのだから。


JR天童駅前。そこは真新しい感じのする街並み。山形新幹線沿線に限らず長野新幹線や東北新幹線の盛岡以北にも見られる現象で、駅周辺がきれいに再開発されていて、特に駅前通りは整備されていてクルマで走りやすい。2台のクルマをロータリー横の駐車場に留めて、東京組の8人は、待ち合わせ場所であるJR天童駅の東側へと向かった。東京組以外の方々と落ち合うことになっている現地集合の15:30にはまだ早い。駒ABCさんは、予定していたのか、ひとり駅前エリアの散策に出かけた。後でわかったのだが、天童名物の「歩道詰将棋」の取材だったらしい。残った7人は、予定を早めて、現地集合時刻を待たずに、最初のスケジュールである「将棋資料館」の展示鑑賞をすることにした。をいらにとっては、2度目の訪館である。


将棋資料館。展示物は大きく分けて4つにカテゴリー分けできる。

「将棋の歴史」:インドで将棋の原型が興ってから、それが貴族で愉しまれた中将棋、大将棋へと発展し、やがて日本に渡って小将棋(現在の日本将棋に近いもの)となり、庶民に普及する。それがやがて日本将棋という文化に発展し、現在に至るまでの流れが様々な展示物によって示されている。

「世界の将棋」:チャトランガーやチェス、中国象棋など、今も世界で愉しまれている将棋の紹介で、主に使用されている盤駒の展示や、美術品として制作された駒の展示がある。

「将棋駒の工程」:木材から、日本将棋で使用されている駒ができるまでの工程や、使用される工具に関する展示がなされている。工程については映像資料がわかりやすい。駒の作り方から、日本将棋の駒は「書き駒」「彫り駒」「彫り埋め駒」「盛り揚げ駒」と4種類に分けられることも示されている。字体も楷書と草書の2種類がある。

「様々な将棋駒」:4種類の駒について、歴代の天童の作家による銘駒が合計100組以上展示されている。いずれも数十万円以上はすると思われるものばかり。


「へ~え、こうやって作るんだぁ」「これって何と書いてあるの?」「この駒が一番好きだなあ」天童は将棋駒という文化の発信地だと位置づけるなら、さしずめここ将棋資料館はそのスポークスマンと例えるべきだろうか。駒文化というものにわかりやすくアプローチできる場所となっている。をいらがアドバイスしたわけではないが、ここを旅行の最初のスケジュールに持ってきたのは正解だったようで、皆さん早速親しめたご様子。企画の府中さん、さすがですね。鑑賞中に新潟経由のルートで到着したパブルさん(perfect blueの略 長野 30代)が合流してきた。愛車も全くのblue。やあ、久しぶり、今日もクールないでたちやね。


 鑑賞を終えると、傭兵さん(釜石 40代)とおさむさん(秋田 40代?)とも合流できた。お二人とも、いかにも真面目そうなお人柄がにじみ出ている。傭兵さんは地元釜石で少年たちに将棋を教えているからか、どこか学校の先生のような雰囲気。おさむさんは実名の名刺を自己紹介代わりに配ってまわる。ええっ、難関、技術士の資格をお持ちだとは。相当な勉強家らしい。


 ここで予定通り11名集合ですね。それでは、いったんホテルに行きましょうか。