月下の調べ♪のステージ -3ページ目

「夏祭り」 (1)

今日は夏祭りの日。一日だけの、夕方から夜にかけての数時間のひと時。日頃接することのない地元の方たちとの数少ないふれあいの機会でもある。


出店を出すだけで補助金が出るというので、売り上げを気にする必要はない。僕らは将棋関連のお店を出すことにした。他の飲食店や日用品販売店とは比べ物にならないほどお店の準備は簡単なものではあったが、残暑の厳しい中で運び物や長机と陳列の設定をするのはそれなりにしんどく、それを手伝ってくれた世話好きなケンジさんはありがたい存在だ。


「将棋」とA3の用紙に大きくプリントアウトした即席の看板をテントの両脇にぶら下げると、広場に集まるためやお店の準備のために、すでに多くなり始めていた人通りの何人かが目を留めるようになった。アピールとしては充分のようだ。興味を持った人は覗いてくれることだろう。


名目は将棋の本の販売のお店だったが、仮設テントの中には対局コーナーと詰め将棋コーナーという売り上げには全く貢献しないであろうスペースを設け、ゴムの将棋盤とプラスチックの駒を6セットほど用意している。対局コーナーは文字通り本将棋を無料で楽しめるコーナーで、僕や後からくる応援の有段者がお客の相手をする予定だ。詰め将棋コーナーは5手詰の簡単な詰め将棋を何問か用意している。販売よりもこれらのコーナーのほうがどれだけ盛況するかがお店の成功の成否にかかっているような意気込みを勝手に抱きながら、開始時刻を待った。


僕は初めての経験だったが、ケンジさんは数年前に同じようなお店を出したことがあって、そのお店に遊びに来てくれた人たちとの、ビールと枝豆をかっ喰らいながらの縁台将棋のひと時を語ってくれた。真夏の夜とビールと縁台将棋という似合い過ぎる組み合わせに加えて、酔って真っ赤になったケンジさんの気さくな笑顔が想像されて、アルコールはあまり好まない僕にもその気持ちよさが伝わってくるようだった。生温い夕方の風を、将棋の駒をあしらったとっておきのTシャツ一枚でしのいでいると、早くその楽しいひと時が訪れて欲しいという時間の速い経過を期待する気持ちと、そんなひと時がいつまでも続いて欲しいという時間の遅い経過を期待する気持ちが交錯して、とにかく落ち着かなかった。


「へえ、将棋のお店、ですか?」

そんななか、最初のお客さんが現れる。いや、お客さんではなく、隣の出店で調味料やらお茶漬け・チャーハンの素やらのお店を出しているお店のおじさんだった。ひととおり準備が終わって暇になったのか、ちょっかいを出してきたのである。

幸せに生き、幸せに死ぬ、永遠の智慧


 小学館刊 柳澤桂子著 「生きて死ぬ智慧」  

現代日本に、科学の知識を持って日々を過ごす方々に謹んで申し上げます。


本来、気鋭の生命科学研究者であった著者の柳澤桂子さんは、長年の闘病生活の苦しみを経て、遥か釈迦の古代における説法、この般若心経に書かれていることは、現代においても真実であり続けることに気づきました。


般若心経、それは釈迦が長老シャーリプトラへ説いたとされる、偉大なる智慧の完成へ至る道。


お聞きなさい。広大なる宇宙の解明が進み、微小なる原子の解明が進んだ科学と照らし合わせても、般若心経に語られている偉大なる釈迦の言葉は真実足りえるのです。


そして、そこに語られている「空(くう)」という概念こそが、我々現代日本人が求めてやまない、心安らかに居られる智慧だったのです。それは生けるときも、死ぬときもそうなのです。柳澤桂子さんは、行間の解釈を加えながら、「空」なる智慧を身につけることによって幸せになるのだと言っているのです。


その真実の言葉は、生きて死ぬ智慧として、我々にわかりやすい現代日本語にまとめられました。巻末についている直訳や、あとがきと照らし合わせると、その理解は一層深いものとなるでしょう。


それは我々が今まで目にしてきた般若心経は、死に行くものへのメッセージとしても確かに成立しているものなのだとも、説かれているように思えます。実にしっくりくる解釈ではありませんか。


ぎゃてい ぎゃてい ぱらぎゃてい


お聞きなさい。この本は、現代日本のあなたたちのためにあるものなのです。

コラボ作品の紹介と募集

今回集中連載しました「不都合感知機~セールスマン編~」は、熊野マキさんのブログ「クマノマキノモリ」「発明博士は凝りもせず」 のコラボレーション作品でした。この中にでてくる発明品について、をいらは不都合感知着を採りあげましたが、他にぺがさすさんのブログ「ぺがさすの原石」 にて「万能痛み計測機」 が、けんいちろうさんのブログ「手抜きしましたね、神様。」 にて「妄想変換機」 が、ループさんのブログ「明日のためにできること」 にて「空気読取機」 が、それぞれコラボ作品として描かれています。いずれも秀逸な作品ばかりですので、ぜひ遊びに行ってみてください。ちなみに「不都合感知機」に出てくるコワイお兄さん「力也」は、ループさんのお話に出てくる人物で、発明博士の襲撃を依頼されたという設定になっています。ぺがさすさんのお話では、襲撃のあとの模様が描かれていますが、博士の消息は不明です。

 ところでこの「不都合感知機」を手にした力也。ある意味鬼に金棒状態ですが、この「不都合感知機~力也編~」を書いてくれる方を募集しております。力也が失踪した発明博士を追いかけるお話でもよし、別の悪事に活用しまくるお話でもよし、展開は自由です。をいらの作品で描けなかった、不都合感知機がその真価を発揮するところを見てみたいものです。

 私ならこう書いてみせる!っていう腕自慢の方、楽しそうだからやってみたいって思った方、どなたでも結構ですので是非手を上げてくださいね。お待ちしています。

「不都合感知機」 (5)

(5)


「・・・というわけや。先方はおらへん。しっかと脅し、や、言伝てをするようボスから言われとったんやが、それが果たせてへん。」

男は隣のT市にまでわざわざ「先方」を訪ねていったが、事務所から電話で居ることを確認したにもかかわらず、不在だったということだ。電話で確認とは、無言か嘘の電話に先方が出たということなのだろう。余談だが、T市にはこの不都合感知機の製造元があって、開発者が一人で製造しているのだろいう。

「仕事の失敗が防げた、っちゅうだけやない。ボスに何っちゅうて顛末を言うたらええか悩んどったところや」

「上司の方への報告をなさるんですね。」

上司、という言葉使いはとぼけたフリの続きだ。

「これは使い方の応用編になりますが、設定を『怒られない』にして、ご報告の仕方なり、弁解なり、準備なさってから向かわれてはいかがですか。準備不足だったらアラームが知らせてくれるというわけです。」

こういう機転の利いたセールスができるところが僕の自慢だ。流行のネット販売じゃこうはいかないだろう。

「ふん、気難しいボスの御機嫌も事前にうかがえるっちゅうわけかい。」

「もちろんでございます」

細かい設定はパソコンの専用ソフトから転送できますよ、と付属のCD-ROMを取り出して見せながら、説明を続けた。男の脇では、女があたしにも一台買ってえとせがんでいる。


「んなら、早速このデモ機もらうで」

ひととおり説明を聞き終えたときの男の声は「よし買った」だとばかり思っていたら、値段の交渉がが始まる前に男が一方的にデモ機を取り上げた。にやり、とした不気味な笑顔に忘れていた不安感を思い起こさせる。

「あ、あのお客様、それは私の商売道具でして、代金のお振込みの後新品を送付させて・・・」

そう言えば、この力也という男、さっきは血相変えて殴りつけてきたくせに、女と別室で話しこんでからは妙な冷静さを取り戻していた。

「今すぐほしいんや。代金ならさっき、この女が払ったろ?え?」

うわっ、美人局かい。飛び入りの獲物ってひょっとして僕のほうだったわけ?男のほうが彼の立場で、先ほどの僕と女の行為について、押し売りをはじめた。逆切れならぬ逆セールス。いかついセールス顔とドスの利いたセールストークで迫ってくる。視野が近づいてくる男の顔に凝縮され、胸と顔面の前面は緊張で強張ってしまっていた。男の瞬きしない見開いた眼球に覗き込まれると、そこに胸まで吸い込まれそうな錯覚に陥る。

そ、そんな、とたじろいだら負けだ。言葉での交渉なら僕もプロだ。

「あ、あの、『行為』のほうはまだ本番前でして、せめて半額で・・・」

い、いかん弱気になっている。すでに相手のペースだ。男は見切ったように、不気味な余裕のこもった笑顔を交えていった。

「中古品やろ!なら2台やな?」

中古品はあの女もそうだろ、と突っ込み返す余力は、僕にはもう残されていなかった。


開放されたマンションの一室のドアを閉めると、汗がどっと吹き出た。

本格的な脅しを受けるという恐怖よりも、僕はとんでもない男に薦めてしまったという後悔のほうが強かった。この男はあらゆる不都合をかいくぐって悪事を成功させるだろうし、まず警察に捕まることがないだろう。そう考えると、先ほど吹き出た汗が蒸し暑いこの季節であっても妙に冷たいものに感じられた。ともあれ、自前品とは言っても1台の半額で買い叩かれたのでは大赤字だ。気を取り直して、明日からまた頑張ればいいさ。


はたして、次の日から不都合感知機はさっぱり売れなくなった。どこを訪ねていってもピーピーとアラーム音が絶えず鳴り、歩けど歩けど骨折り損の日々ばかりだった。アラームの設定に追加したサブ条件は2つで、「暴力をふるわれないこと」と「悪用されない相手」というもので、あの美人局の件があってこの条件は外すつもりはない。暴力を振るわれるケースなんてまずないだろうから、アラームは後者の条件が利いているからだろう。──ほとんどの人間が悪用してしまう?──これまで売りつけてきた連中がどんな使い方をしているのかと想像しかけて、不都合感知機が悪魔の機械に思えた。


「訪問のセールスマンや勧誘電話を断れなくってねえ」

リフォームの業者がひっきりなしに訪れて、悪質業者を事前に察知して逃げ隠れしたいという一心の老婆に一台売れたのを最後に、僕は不都合感知機のセールスを辞めた。


不都合感知機が販売中止になったというのを知ったのは、その一ヵ月後だった。製造中止になったからとも、システムに致命的な不具合があったからとも言われているようだが、いずれにせよ開発者本人が失踪したことによりもはや製造されることはないようである。


これでよかったのかも知れない。


(「不都合感知機」 セールスマン編 終)

「不都合感知機」(4)

(4)


「・・・このように携帯できるタイプになっております。不都合条件は、前面のタッチパネルで選択できますよ。」

「ふうん。『ちょっとでも支障があったらダメ』『多少の困難ならOK』いろいろ条件が選べるのね」電源の入ったデモ機のパネルに、早速女が触れて試している。

「それでは奥様、設定をノーマルにして、夕食のお買い物に出かける準備をしてみてください」

女が着替えを済ませ、買い物の手提げに不都合感知機を忍ばせたところで、ほどなくしてピーッとけたたましくアラームが鳴った。わざとアラームの音量は大きくしておいたのだ。

「ええっ?どうしてなの?」

「奥様、マンションのお隣のスーパーでしたら、今日はお休みでしたよ」

「そうだわ!今日は第二水曜日で定休じゃない。」

眠気の抜けきれていなかった女の顔に生気が戻る。ありきたりのデモで一方の獲物は、落ちたことを確信した。

「ほほう?」

男の顔に表れていた猜疑心が、関心に変わる。


「ところで旦那さまのご職業は?」

もう一方の予定外の獲物は、このコワモテの旦那だ。携帯してこその不都合感知機。うまくすれば2台売れる可能性がある。ワザととぼけた質問に男が敵対心のこもった睨み返しをしてくるのは、想定していた。男の白のスーツに海をあしらったような派手な青の柄シャツ、なにより誇示するように首元に太く光る金のネックレス、彼の身なりは明らかに堅気でないことを物語っていた。ひょっとしたらどこか組に所属するヤクザかもしれない。ふっと鼻をならすと、男は視線を窓の遠くへ移動させながら、質問の回答を発した。

「まあ、言ってみれば金融業やな。」

男の印象から直感される悪徳業者だとか取立て屋だとかいう想像には深入りせずにおく。

「では、得意先を訪問なさるときに、先方がいらっしゃらなかったら、出かけるときに事前にアラームが鳴って知らせてくれます。」

セールス笑顔の攻勢に、「ふむ。」と男が振り返る。もはやその視線に敵対心は込められていない。


「さっきな、『仕事』で『お客様』が居らへんかったんや。とんだ無駄足やで。」

職業柄だからか訛りきっていない関西弁で、男のほうが語りだした。客が商品に利用価値を認めたときの反応である。『お客様』にアポを取らなかったのですか、という突っ込みは無意味だ。僕は男の語る事情にしばし耳を傾けることにした。

HDウォークマンとの付き合い方 初級編

ポ-タブルハードディスクオーディオプレーヤーとして、i-podなるものが昨年発売され話題を呼んだが、約半年遅れてほぼ同じコンセプトで、ハードディスクウォークマン(以下HDウォークマン) が4月にSONYから発売されている。SONYのものはi-podの2番煎じ(言葉は悪いが)と言っても過言でないと思うが、キー主体の操作性、充分なバッテリー寿命、Windowsや日本人ユーザへの親和性等といったスペックへの配慮が功を奏してか大人気を博し、既に日本でのシェアは逆転しているという。

関連記事

(ここで採り上げているのは、NW-HD5という機種です) 


携帯電話をしばらく持たなかったというモバイル奥手のをいらだが、今年パソコンを新しく購入して以来ちょくちょく音楽CDをパソコンに取り込むという作業をやってきたをいらにとって狙ってきたシロモノ、ともあれこの後発であるHDウォークマンをついに先月購入するに至った。

曲収録の仕組みと手順は下記のようになる

①CDの各曲をパソコンに取り込む、(OpenMGという形式のオーディオファイルとなる)

②HDウォークマン付属の管理ソフトでライブラリ編集する。(グローバルデータベースからネット経由で自動的に曲名、アーティスト名、ジャンル等の情報を取り込んでくれるし、自分で入力することもできる。その情報をもとに、楽曲、アルバム毎の自己データベース、いわばライブラリができあがる。)

③HDウォークマン本体に、USB経由でライブラリのデータを転送する。


最初は試しにお気に入りのCDを何枚か入れて使ってみた。モバイルのプレイヤーとしては音質には問題がない。胸ポケットに調度入るサイズで手軽だし、当然のことだがCDを入れ替えずに簡単に選曲、選アルバムができるのが便利だとわかる。ハードディスク容量は20GBと膨大だ。それではととりあえず手元にある目に付いたCDを3枚、5枚と次々にインストール、こうなると止まらない。


部屋の整頓も兼ねてあちこちに散乱していたCDをかき集め、10日ほどかけてついに所持しているCD八十数枚をほとんど全て取り込んでみた。レンタルのものをコピーした、中身が外側から判らないCDもちゃんと編集できる。ケースと中身がてれこになっていたりした行方不明のCDも安否が判明し、大きな副産物である。


この一連の作業を通じて、をいらなりに感じた主なメリットを整理してみよう。

CDの管理ができる

取り込んだCDのデータベースがパソコンにできるわけで、簡単に検索し、聴くことができる。以前のように、突然無性に聴きたくなったアルバムを求めて押入れを掘って回ったり、レンタルCDのわからない曲名が気になって眠れなくなる、なんてことはなくなる。現在所持しているCDだけならたかが知れているが、これがレンタルCDを毎週ごっそり入れていくとなるとありがたみが判る機能だと言えるだろう。


・曲名を観ながら鑑賞できる。

パソコンではもちろんのこと、HDウォークマン本体の液晶ディスプレイにも、アーティスト名と曲名が表示される。これは他の媒体ではこれまでできないでいたことで、「この曲好きなんですよ。曲名知らないけど」ってことが結構あったように思うが、これからは少なくなるだろう。


・検索が簡単

なんと言ってもこの機能が、ハードディスクオーディオプレーヤーの真骨頂だろう。アーティスト名、ジャンル、アルバム、など多方面から「聴きたい曲」を検索できる。となると冒頭の曲だけを片っ端から少しだけ聴いて数あるアルバムの中から一枚を探す、なんてこともできるわけだ。

──どこにいても、今聴きたい曲に、今出会える──

検索が簡単なこと、つまり目的への到達が容易であることは、収録がたとえ多岐多数に渡っても、お気に入りの曲、アルバムがその密度を失わないことを意味している。

そうすると、コレクションに走るというのは自然なことだ。をいらは今後レンタルショップへ向かう頻度が上がるだろうし、中古CDを漁る機会も増えて、CDショップの新品でしか買えない逸品を見い出す目も肥えてくることだろう。

をいらのCD音楽ライフは、ここ数日で大きな幅を持つようになった。


とは言っても、イマイチ使いこなせていないところもある。デメリット、というべきではないかも知れないが、下記のようなことである。

・ジャンルが不統一

グローバルの公用データベースから取り込んだCD情報は結構いい加減だ。曲名の付け方が同じアルバムの1枚目と2枚目で違ったりするときすらある。特にひどいのはジャンルで、同じアーティストの同じ曲でも「ジャズ」と「Jazz」と「ジャズ(一般)」とか数種類の付け方があるくらいで、ジャンル分けは統一性がない。ジャンルはその曲の、個人が検索しやすくするためのパラメータであると考えると、ライブラリ上で再編集する必要があるし、個人個人がそれぞれそうしたほうが使いやすいというものだ。


・既にパソコンに取り込んでいたCDのデータがそのまま流用できない

以前はWAVE形式というフォーマットで音楽データをパソコンに記録していたのだが、これ自体は容易にOpenMG形式に変換できる。ただし、そのWAVE形式の音楽データは、グローバルデータベースから当初取り込んだ曲情報が曲名(つまりファイル名)以外は付随していないし、CDではないので新たに自動取得することもできない。ライブラリで全て手入力するのは大変なので、結局CDで再録音するハメになる。これはなんとかして欲しいものだ。


・アルバムの終りが判らない

アルバムが終わると、特にリピート設定していない場合はそこで再生が終わるのが普通「だった」。

HDウォークマン(パソコンでの管理ソフトもそうだが)では、1曲リピート、全曲リピート、シャッフルといった設定をしていない限り、アルバムが終わると、ライブラリナンバー順で言うところの次のアルバムへ移る。聴きたい聴きたくないに関わらず、である。例えば穏やかモーツアルトを聴いてうとうとしていると、突然イングヴェイが高音シャウトで襲ってきたりするわけだ(しかも録音レヴェルが不統一だから大音量だったりする)。これは結構不快なものではないだろうか。

アルバムが終わると、そこで「ご主人様」の指示を待っててもらいたい、というのがをいらの希望である。ひょっとしたらこの「下僕」への命令のしかたがマニュアルに載っているのかも知れない。


 プレイリスト、というものをライブラリで編集することができることがわかった。自分で聴きたい曲ばかりをかき集めて、ヒト括りにできるわけである。「何度聴いても飽きないお気に入り」プレイリストでもいいし、「買ってきたばかりでちょっと聴いてみたい」プレイリストでもいいし、「落ち込んだときにこっそり一人ぼっちで聴いて癒される」プレイリストでもいいわけだ。プレイリスト編集を駆使して、気分や環境に合わせた曲が流す、そんなHDウォークマンライフが送れるようになったら、初級編はもう卒業かな。


 「下僕」が「相棒」に昇格する日がきたら、中級編を書こうと思っている。

「不都合感知機」 (3)

(3)


僕は右頬の強烈な痛みと、カーペットの上は言え床に叩きつけられた衝撃でしばらく立てなかったが、幸か不幸か意識は失わずにいた、女と男がリビングに移ってしばらくヒステリックなやりとりをしていて、言い争いの度合いとさっきのパンチのそれが本気だったことから、少なくとも男の登場は予定のものではないことは理解できた。こんなときに不都合感知機が報せてくれればいいのに・・・。帰ったら「暴力はゴメンだ」とサブのアラーム条件を追加しておかなきゃ・・・。


「そもそも力也、仕事はどうしたのよ?」

「翔と力と三人で訪ねて行った先がよお、トンズラこいてやがったのさ」

女の逆襲でにより、言い争いのテンションが落ち着いてきたようだ。

「だいたいなんでそんな飛び込みのセールスマンなんかが部屋に入ってくるのさ?」

「入りたいような素振りだったのは向こうからなのよ!商品のデモをするからって、不都合検知器だとか感知機だとか言って。」

「不都合、何だと?」

2人が商品に興味を持ってくれている様子に、セールスマン以外の人種は持ち合わせていないアドレナリンが自然と体に充満してくる。そういえば、マイ不都合感知機の設定は「とにかく結果が出るならOK」なのだ。この2人は不都合感知機を買ってくれる客なのだ。ターゲットなのだ。そしてこれからが仕事なのだ。とうにテンカウントは過ぎていたが、僕はむっくり立ち上がると、産卵していたものを着衣し、仕事モードにおいてのファイティングポーズを取ってリビングに登場した。


「不都合『感知機』についてのお問い合わせですね?」

四本指をそろえた右手で、置きっぱなしになっていた不都合感知機新品のパッケージを指し示しながら言った。頬にはまだ強烈な痛みが残っていて、永年磨き上げてきた「不快感ミニマム声」が口ごもったようになって台無しだったが、あっけに取られたにせよ、男と女の興味を惹きつけるには充分だった。ネクタイと上着を手早く身に着けて準備完了、

「不都合なことを感知して、事前にアラームで報せてくれるというスグレモノなんです。例えば・・・」

簡単なプレゼンテーションから、商品のデモにと流れをつなぐ。

 

 

 

「不都合感知機」 (2)

(2)


 なされるがままに、上着とネクタイを取られると、ドアの向こうに導かれた。仕事道具を置いたままのリビングの隣には、ダブルベットが占拠する薄暗い洋室があった。顔だけで触れ合って、しかしそこだけしか触れ合えないことに気付くと、その場で僕は着ているものを全て床に捨てた。女は首から脚からと、2つの手順だけでまとっているものをすっぽりと抜き終えると、ベッドの上で僕を待つようにこちらを向いて、既に横になっている。そこに僕は体を少し下にずらした位置であわせるように、飛びついた。

「きゃっ」

あせらなくていいのよ、という女の言葉に妙に納得して動作だけをスローテンポにしたが、気持ちのペースはもう速度を落とすことができない。上から下への一連の動作はオーソドックスな手順であったが、それは半分本能でもある。

「ん。」

ここか。口が商売の僕だが、こういうときに言葉は必要ない。右手と口を同時に使って、ひと山の間、責める。ひとしきり女の身体の反応を確認して、そろそろ前奏も終りだ。


「さあ、いくぜ」

準備を終えた、まさにその時であった。明らかに、玄関のドアが開く音。その意味を瞬時に理解した心臓が、僕の肋骨の内側で大きく前後したのがわかった。慌てて女から体を離し、あるはずもない避難場所、左右の大きな首振りでそのことを確認する。

「おうい、美鈴起きてるか」

なにかせずに居られない僕が、足元にあったカッターシャツだけを羽織って、2つめのボタンを閉じたときである。

「あら、力也、仕事じゃなかったの」

角ばったごつい顔の、デカい男が入ってきたのはあっという間だった。

「あ、なんやお前?」

トランクスのありかも判明せぬまま、僕はその男と対面した。醜い足がむき出しになっていたが、調度カッターシャツがかろうじてセーフの低さに達していた。男は僕のそんな意味不明の格好を視線を上下に往復させて確認すると、その部屋と女の様子から、玄関のドアが開くほんの少し過去のことを的確に想像し終えたようだった。

「てめえっ!」


 ボクシングはおろか、ケンカの経験もほとんどない僕は、体重の乗った右ストレートに対して目を瞑ることしかできなかった。首から持ち上げられたような感じがしたのは、体が宙に浮いたからだろうか。

「不都合感知機」 (1)

(1)


僕は訪問販売のセールスマン。ついこの間までは健康商品のセールスをやっていたけど、やめた。とても魅力的な商品を見つけたのだ。「不都合感知機」。自分に不都合なことが近づくとアラームで知らせてくれるという優れものだ。効果を目の前で実演して見せて、目を丸くした相手に新聞時代から培ってきた伝家の宝刀「主婦心わしづかみセールストーク」と「おまけつきとお値段据え置きダメ押し攻撃」を畳みかければ、もう落ちたも同然。機械の胡散臭さからか全く世の中に知られていないというのも好材料、訪問販売にぴったりというものだ。実は一回もセールスに失敗したことはない。このまま続けていけば、僕は伝説のセールスマンになるだろう。やがて売り尽くしたら、今度はそれをネタに本を書いての印税生活。バラ色の人生が転がり込んできたんだ。


 セールスの成功の秘密は、実はこの不都合感知器を利用していることにある。訪問する家庭の前で使うと、ところてんのように引っかかり所のない門前払いの家や、散々聞くだけ聞いて結局お断りってところ、さっさと買うと見せて後でクーリングオフしたり、果ては消費者保護団体に訴えてくるヤツなんかの前では、チャイムを押すまでもなくこのマイ不都合感知機のアラームが鳴るんだ。「いやな顔ひとつされない」設定にするとほとんどの客にアラームが鳴ってしまうので、感知器の設定は「とにかく結果が出るならOK」の設定にしてある。どんなにうんざり顔されたって、しつこく値切り返してくる客だって、使い方を丁寧に教えてあげないといけない年寄り連中だって、買ってくれればOKなのさ。これでセールスは百発百中というわけ。なんて僕は天才的なんだ!

 

 

今日もマンションのとある一室にアラームが鳴らないところを見つけた。

ピンポーン

「はーい」ではなく「なあにぃ?」と言いながら出てきたのはネグリジェ姿の、色あせた感じの主婦だった。濁りの混じった声から、年の頃は30過ぎといったところだろうか。こんな真昼間から眠たそうな目をしていて、今はすっぴんだが少し頭の弱そうなところなんか水商売の雰囲気、夜の女であることを直感させた。

「新発売の不都合感知機の実演販売にまいりました。お姉さん、都合の悪いコトって身近にあるでしょう?事前にわかったらどんなに便利だろうって思ったことありませんか?これは事前に不都合なことを検知してアラームで知らせてくれるっていうスグレモノなんです。使って納得、これは便利!試しにデモンストレーションをやらせてもらえませんか」

「あら面白そうねぇ。どうぞ~。」

しめしめ、あっさりとリビングに通してくれた。手間の省ける客のようだ。

新品の商品とは別の、デモ機を鞄から取り出そうとしていると、背後から女が耳元でささやいてきた。

「お兄さん、なかなかイイ男ね。あたしのコ・ノ・ミ」

そして、白い腕が首元にまとわりついてくる。背中には、期待したとおりに、しかし好みよりすこし柔らかすぎる感じの胸がスーツの上着越しにゆっくりと押し付けられてきた。

「お仕事なんかほっといてさあ、あたしとイイことしない?」

おおっ、こんな展開アリかよ!お、美味し過ぎるっ!

「へへ、お姉さん。こういうの嫌いじゃないっス」

女はこの姿勢のまま俺の耳の横にキスをしてくると、そのまま両手で僕のネクタイを解き始めたんだ。

 

 

「社団戦レポート」(6)

 タカシゲくんの応援にと、ギャラリーに加わる。あれっ?おかしい。まだ双方の陣形がしっかりしていて、まだまだこれからという感じだ。なるほど、府中さんたちはこの対局を真剣な眼差しで見ていたわけね。聞けば相手はタカシゲくんと同じ中学一年生。この辺り同士だと、指し手が早指しになりがちで対局も早くに決着するケースが多いのだが、大人たちの対局が終わってもまだまだ終わる気配のないというのは異常と言っても良いくらいだ。


 タカシゲくんは角の使い方がうまい。受けにくいラインを察知するのが早く、そこに角を配置する流れにもっていくことを一つの主眼にして対局を進めているようだ。この局も一進一退の応酬のあと、やがてタカシゲくんが得意の角打ちを見せた。相手玉を睨むラインで、しかも受けにくい。この角打ちを境に一気に相手陣が崩壊し、終局した。相当な手数続いたらしい。盤面を再現せずに枡目と指だけで中学生同士の感想戦がしばし行われた。


 月下さん、これ手数どうやって見るの?タカシゲくんが対局に使用した新型の対局時計「名人戦Ⅱ」の扱い方を聞いてくる。むむ!?をいらは確かにこの対局時計ユーザーなのだが、機能が細かすぎてよく把握していないのだ。あーやってこーやって・・・あーっ、ごめん電源落ちちゃった~メモリーも消えちゃった~あはは。ごめんなさい、今度は取扱説明書を持ってきておくね。それにしても、発売から1年ほどの新型の対局時計の普及がこんなに進んでいるなんて、東京アマチュア将棋連盟さんも設備投資に熱心だなと感心させられる。いまだにアナログの対局時計を使っている大会は多いものだ。


 タカシゲくんの対局を最後に全ての対局が終了。6勝1敗の大戦果、友遊クラブデビュー初日にして、初勝利である。三回戦までどうなることかと思わされたので、ほっとした気分だし、この後のお酒も楽しく呑めそう。そんなことを思いながら皆さんの顔をあらためて眺めると、疲れの色が濃い。


 タカシゲくんも明らかにスタミナ切れの様子。今日は本当にお疲れ様。声を掛けると、「相手の名前、聞いておいたよ」とこっそり打ち明けてくる。今度大会で当たりそうなときに有利になると思ったんだ~。をを!結構人見知りしてしまうところのあるタカシゲくんだけど、この機会は大事なところと捉えて、情報収集と交流と自発的に進めているんだね。そして今日の少年のことを、熱戦を通じてライバルと認めたらしい。一局指しただけで人間関係がそこにできるし、相手を見る目もできてくる。そしてタカシゲくんの頼もしい一面も垣間見たような気がする。将棋って楽しいなと思える場面だった。



 全対局が終わって、会場をあとにする。たまさん一家はここでお別れだ。遠いところありがとう、タカシゲくん今日はお疲れ様~、みんなのあたたかい声がかけられる。残った「オトナ」のメンバーは、とくもりさんを交えて浜松町の居酒屋へ。マグネット将棋盤と一品料理をはさんで、将棋談議に暮れた。


次の五回戦~八回戦は7月24日(日)。

本当に、楽しみだ。